Retrospect 5
= retrospect 5 =
もちろん待っていた。23時を廻っても。
そして私たちの記念日が終わる瞬間、泣かなかった。
悪夢だった4回目の記念日が甦ったけれど、私はあの頃よりは少しは大人になれている。
それに彼が傷つけられていないなら、あの日よりまし。
無言電話がなかった理由を考える。
①彼はまた電話をかけられない場所に行っている。
②もう私のことは忘れてしまった。もう愛してくれてない。
③彼は私との約束を破って、電話なんてかけられない状態になってしまった。一人で。
『必ず迎えに行くから。命ある限り必ず。』
つけっぱなしのDVDの中のSHINが言う。
今の私より3歳も年下のくせに・・・。
②と③は絶対に嫌。
だから①なんだ。どこに行ってるんだろう。
どうぞ無事で。どうぞ無事に帰って来て。
そして迎えに来て。
仙台に来てから、ただ待っていたわけではない。
私なりに探していた。
大阪のグループにも、東京の橋長さんが所属していた組織にもメールを送って彼の所在を尋ねた。でもどちらからも期待した返事は帰ってこなかった。
チュニジアやモンゴルに一緒に行っていたイギリス人のライターにもメールしたけれど、自分ももう一度会いたいと返信がきた。プロに頼むことも考えた。でもそうすることによって知らない人に彼の醜聞を、嘘の醜聞を蒸し返されるのが怖かった。
『探してはいけないんです。』
田中弟さんの言葉が廻った。
webではあらゆるサイトに飛んだ。
彼は撮った写真をネットに揚げると言っていたから。
カメラマンの中には、自分の写真に自分だけのサインを残している人が多い。でも見つからなかった。
なんとなく理解できる。SHINはそんなことどうでもいいと思っているから。誰が撮った写真であっても、多くの人の目に留まればいいと思っているに違いないから。
あの頃、SHINに見せてもらった写真を思いだして、似たようなアングルの写真を探した。そしてこれはと思ったものがあれば、メールを送っていた。
ゴリが言ったように、SHINは猫みたいに姿を隠している。猫だってもう少し足跡を残すよ。
哀しいことは私が29歳になったこと。
私が最後に会ったときのSHINの年齢。
病室のスライドドアの向こうにいた彼の心が、彼の葛藤が、決心が想像できる年齢になってしまったこと。
悪夢の記念日の日、ゴリから渡された荷物は二つ。ひとつは血のついた紙袋。私の荷物がぐちゃぐちゃに入っていた。
そしてもうひとつのボストンバック。
そちらに入っていたきちんとたたまれた服、本、CD。
半分は準備してたんだね。
どうしてなのかはわからないけれど。
嘘。それもわかる。
自分以外の男性といる私を見たからだよね?
私が笑ってたからだよね。
自信が揺らいだんでしょ?
橋長夫人のこともあったし。
自分でいいのかって思ったんでしょ?
私を疑ったというより。
ずるいよSHIN。
私に選ばせるつもりだったんでしょ?
少し変わったwonderland。そこで出逢った魅力的なSHIN。
世間の人が言う普通じゃない背景を纏ったあなたしか知らない私に、wonderlandに足を踏み入れなければ、私が歩いただろう時間、世間を体験させようと考えたんだね。
そして私に選択させようと。
あの夏、こなかったあの夏、もしあんな事件がなければ、あなたはそのことをお母さんに話すつもりだったんでしょ?私を傷つけたお詫びと共に。
想像力ある?推理力かな。
私、成長したでしょ?
ぬいぐるみ抱きしめてなきゃ眠れないけど、大人になったでしょ?
停まってないよ。成長しながらあなたを待ってるんだ。
どんな世界を見ても、見せられていても、私にはあなたしかいない。
あの夏、あなた以外の男性と出会う機会があったとしても、私があなた以外の男性を見るわけがないじゃない。バカ。
SHINのあの頃の気持ちを想像してなお、ううん、より一層にあなたが愛しくなる。
あなたへの想いだけが深くなる。
①が一番怖くない。①ならば耐えられる。
怖がらず、迷わず、待っていられる。成長しながらね。
私、強くなったでしょ?
もうお母さんもきっと反対できないよ。説得できる。
お兄ちゃんも、ゴリも。あなたも。
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