Retrospect 4
= retrospect 4 =
やっぱり何も言わない。SHINだ。
「ありがとう。Birthday call。HAPPY BIRTHDAYを歌って。」
何も言わない。心の耳で聴いていた。
でもちょっと変な気がする。まず時間が早い。
いつもの無言電話は23時。それに誕生日にかかってきたことはない。違うの?じゃあ誰?
「・・あなたなの?声を聞かせて。あなたならすぐにわかる。」
電話は切れた。SHIN?
この番号を知っているのは数人。
家族が無言電話をかけてくることはない。
ゴリ?カバ?でも二人ともかけてくれるなら、きっともっと遅い時間。残業中の可能性を考えてくれるはず。
SHINだっていつもの無言電話が23時なのは、そこ考えてくれてるからに違いない。ツーちゃん?
着信履歴はいつものように非通知設定になっている。
でもSHINだ。あの空気感は。
間違い電話の可能性もあるけど違う。沈黙の向こうの沈黙。絶対に彼だ。
なぜ切ってしまうの?HAPPY BIRTHDAYを歌う長さもなかった。
何があったの?
気になって仕方ないけれど、真鍋さんを待たせていることを思い出す。社長ももう着いてるかもしれない。
誕生日の電話のことが気になったまま、6月11日になった。
あの日、社長は結局来なかった。でも支払いは済ませていてくださったみたい。真鍋さんは二人分食べればよかったって言っていた。
もう一軒って誘われたけど、次の日仕事だから断った。真鍋さんも朝から先方と会議じゃない。
私は何もないけど、23時には家に帰っていたかったから。
今日は有給をとった。
誕生日の日に20時過ぎにかかってきたことが気になって仕方ない。
今日も何時に鳴るかわからない。
もしかしたら近くにいるのかもしれない。
もしかしたら。
ベッドの上には、熊のSHINがRudrakshaをかけて座っている。
28にもなってこんな大きなぬいぐるみと暮らしてる女って。
だから誰もこの部屋には入れたことがない。
でも28にもなって、このぬいぐるみと離れられない理由を知っている人は別。
その人にこそ、ここに来てほしいんだ。
その人にだけ。
だけど待ち人は来ない。
『待ち人来たらず。』
瑛琳の名勘違いを思い出す。そのとうりだよ。
お風呂に入って、食事も済ませテーブルの上にネイビーブルーを置いて見つめている。
22時50分。
自分で気づかないふりをしている心の奥の不安。時計の秒針の音だけが聞こえる。
でも彼は裏切らなかった。
23時。
秒針と同時に鳴いてくれるネイビーブルー。
すぐに出る。
「SHIN。待ってた。もうかけてくれないかと思っちゃったよ。誕生日に電話くれたよね?ちょっとあの時、変だったから。もう今日はかけられないかもしれないと思っちゃったよ。」
いつものように何も。
「SHIN、私、28歳になっちゃったよ。あなたがプロポーズしてくれた歳だよ。まだダメなの?まだ何かあるの?あなたはまだ危険なの?ゴリやカバも。私も。まだ本当に危険なの?・・それとも。」
独り言みたいだけど、その続きは言いたくないよ。考えたくないよ。
だってこうして電話くれてるんだから。
「SHIN、私、今、仙台にいるよ。・・知ってるよね?」
なぜそう思ったんだろう。なぜだか、そんな気がした。
彼は私がどこにいるか知っていると。
なぜだかわからないけれど。沈黙から伝わってきたのかもしれない。
そのまま歌う。
20歳の頃、マイクの前で、Jさんのピアノで歌っていた時とどう変わってる?
あなたの頭を抱きしめて歌った時とは?
本物の刹那さを纏った私の歌は、どう変わってる?
「切らないで。今日は。私が眠るまで切らないで。・・何も言わなくていいから。ちゃんと感じてるから。」
左手で携帯を耳に押しつけたまま、右手の親指で自分の唇に触れる。
あなたがしてくれてたみたいに。
目の前で小さなダイヤが、ルームライトの光を浴びて光っている。輝いている。
まだ輝いている。
翌年の6月11日、ネイビーブルーは鳴かなかった。
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