Second memory 98

= second memory 98 =


到着ロビーのベンチで午後1時まで待った。

彼は日本にいないんだろう。そんなことSHINには珍しいことじゃない。泣かない。

瑛琳に言われたことがある。

『朋は仕事で外に出るとき戦闘モードになる。凛々しい。』

彼女の言う戦闘モードがどんな感じなのか自分ではわからないけれど、今から私は瑛琳の言う戦闘モードにならなければ。道はふたつ決めていた。

〈SHELLEY〉へ。

行ってはいけなかったあの街へ。

私のwonderland。


2年前までは、毎日のように通っていた駅に着く。懐かしい匂い。風景は何も変わっていない。

最後にこの道を〈SHELLEY〉に向かったのはツーちゃんに写真を見せられた日。

あの時はこんなことになるとは考えていなかった。〈SHELLEY〉から駅へ歩いたときは、何を考えていたのかわからない。

ゴリとカバへのお土産と、ゴリのRudrakshaが入ったバックだけを持っている。

大きな荷物は空港から宅急便で家に送った。

空港のトイレで、SHINに着けてもらった赤い口紅をつけた。台湾を出発する前に、髪は今までにないほど短く切っている。

サングラスも自然にかけられていると思う。もう子供じゃない。


あの日見たような人影はない。今、私たちに攻撃を仕掛けてくるのはプロじゃない。普通の普通の人。

2年前ならだから怖かっただろう。でも今は、だから怖がっても仕方ないと思えている。

颯爽と意識して颯爽と。

あのドアは開いている。私が今日帰ることはゴリが知っている。この角を曲がったら〈SHELLEY〉。私の大好きな・・。


誰だって立ち止まったと思う。

大人であろうと子供であろうと。

強かろうと。誰だって。

〈SHELLEY〉がない・・。

あの妖しくて愛しい私のwonderlandがすっかり何もなくなっている。あの古いビルごと。

昼間はゴミゴミとした街、夜にはどこよりもきらびやかに化粧をする街の、小さな一角。古いビルは跡形もなく消え失せ、私の心の穴と同じようにポカンとした更地になっている。

路地の真ん中で立ちすくんでいた。

誰かにぶつかられるまで自分がなにをしていたのかもわからなかった。

ゴリは?カバは?あわててゴリに電話する。

呼び出し音だけが鳴り続ける。

いったいなに?夢を見ている?

それ以上、その土地に近づくこともできない。

そうだ〈Noon〉!早く来すぎた田中さんがいるかもしれない。J さんがピアノの練習をしているかもしれない。そのまま来た道を戻った。


〈Noon〉は・・開いている?

crazy nightの時にSHINの、みんなの出演時間を書いた小さな黒板が店の前に出ている。

〈Todays lunch〉って簡単なイラストと料理名。lunch?

階段を降りた。営業している。

ふたつのドアを開けて中に入ると、ウェイターの青年がいらっしゃいませと迎えてくれた。

〈Noon〉には似つかわしくない明るい店内。ボンヤリと見回した。そしてここでも。

夢を見ているのかな。

ピアノが・・ない・・。

私とSHINのすべての始まりで、すべてを見ていてくれたグランドピアノが・・ない。

わけがわからないままひとつのテーブルについて珈琲を頼む。

テーブルの上のメニューを見た。そこには知らない店名。珈琲を持ってきてくれたウェイターに聞いた。

「ここはピアノバーではないんですか?」

青年は不思議そうに私を見てから言った。

『ボクは4月からのバイトなんで、前のことはわかりません。』

頼んだ珈琲はほとんど飲まずに店を出た。

ドアにかかっていた硝子のピアノのプレートもなかった。

何が?いったい何が。

今の私ほど浦島太郎の気持ちがわかる人はきっといない。なにが?


向かうところはあとひとつしかない。

全力で走った。

電車に乗った方が早いのかもしれない。でも止まりたくない。

鞄の中の合鍵を強く強く握りしめていた。

この鍵までが幻になって消えてしまわないように。

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