Second memory 85
= second memory 85 =
『SHINの言ったこともある。それに今、ここにいないことがおまえのためでも、SHINのためでもある。』
SHINのため?
『今回のことにおまえや、おまえの家族が巻き込まれることが、あいつにとって一番辛いことだ。』
なんにもしてない被害者なのに。
『すぐにとは言わない。山根さんも、すぐにおまえが決められないことはわかってくれている。でも仕事のためにも他のことのためにも早い方がいい。おまえにはいろいろ無理だ。連絡してこい。決心がついたらすぐに。昼でも夜でも朝でもいい。』
煙草を吸いながらそう言ったゴリは、私の知ってるゴリでも藪さんでもなかった。
化粧室という言葉が最も似合う綺麗な化粧室で、着替えてウィッグを外す。SHINがつけてくれた口紅を落とした。
落としたくなかった。ずっとつけたままでいたかった。
ゴリがいるテーブルには戻らず、お店の人が呼んでくれたタクシーに乗って駅に向かった。
すべてゴリの指示どおりに。特に口紅は絶対に落とせと言われた。お見通しだ。
電車の中で考える。台湾のこと。SHINもゴリも行かせようとしていることはわかる。『その方が会いやすい』と言ったSHINの言葉の意味もなんとなくわかる。もしSHINと二人でいる時に高木さんに会ったら。
SHINにとったら台湾に来るのなんて、私がちょっとコンビニに行くのと同じくらいのレベルかもしれない。
家に帰るとお兄ちゃんの靴があった。結婚式の打ち合わせかな。そういう話は今は聞きたくない。リビングには行かず、二階に上がって自分の部屋のドアを開けた。
そこにお兄ちゃんがいた。
「なにしてんの?ひとの部屋・・」
振り返ったお兄ちゃんは、怖い顔をして私の腕を引っ張って部屋の中に引き入れドアを閉めた。
「なに?」
お兄ちゃんは黙って床に新聞を投げた。
なに?スポーツ新聞?そんなの読んだことないよ。
『それ、あいつやろ!』
床の新聞を拾って折られている頁を見る。
〈屈折した痴情のもつれと媚薬?〉
小さな記事についた見出し。
そこにはありえない嘘が綴られていた。
〈ニューハーフタレントのTUKASA(三好司22歳)、かねてから交際中のカメラマン神村真氏を刺傷〉
小さな小さな記事だけど、SHINの今までを崩すには充分。
ひとつだけの真実にデコレーションされる嘘、嘘、嘘。
私を守るために、魔法使いたちが作った小さな嘘が衣を重ねて文字になって踊っている。
教えてほしい。こんな風に文字にしてなにが楽しいの?誰が楽しいの?読者は楽しいの?嘘なんだよ?歪んでるよ!
お兄ちゃんは怖い顔のまま、また床に何かを投げた。
私のワンピース・・SHINの血に染まった。
きちんとたたんでジッパー付きのビニール袋に入れて、クローゼットに隠していたのに。あわてて拾って抱きしめた。そのまま真っ直ぐに睨みつける。
「なにしてんのよ!」
『それはこっちのセリフやろ!なにしてんねん?別れろ言うたやろ!なにしてんねん!再来月、式やねんぞ!』
怒りがこみ上げてきた。これまでに感じたことのない怒りの感情が、体中にある負の思い、悔しさと虚しさを巻き込んで溢れてくる。大好きだったから余計に。
お兄ちゃんの結婚、特別な家のお嬢様との。それがあるからSHINはこんな屈辱を選んだんでしょ?!私とあんたを含む私の家族を守るために。
なにも悪くないのに!被害者なのに!
今、はっきりわかったよ。咄嗟に出る言葉っていうのは本当の気持ち。お兄ちゃんが大事に思ってるのは自分と彼女の未来。
私のことを一番考えてくれてるのは、一番愛してくれてるのはもうお兄ちゃんじゃない。
自分のすべてを犠牲にしてでも、私を守ろうとしてくれている人のことを貶すな。もう私たちのことに触れるな。あんたたちも彼に守られたんだ!!
・・台湾に行こう。いつでも会えなくても、繋がっていることができなくても、苦しい時にそばにいてもらえなくても、なによりも私のことを一番大切に考えてくれている人を、一番愛してくれている人を私は待つ。彼だけを信じて。
「・・出て行って。なんにもわかってないくせに。出て行って。出ていけっ!!」
自分でもこんな力が出るとは思わなかった。お兄ちゃんの腕をつかんで部屋から廊下に押し出した。すぐに鍵をかける。
『朋、開けろ!まだなんの説明も聞いてへんやろ!』
お兄ちゃんの声はいろんな感情のベクトルをすべて同じ方向に向ける。
「あんたに話すことなんか何もない!!」
どんな状況であっても、私はSHINを待つ。それはずっと前に決めたことだけど、体の中にあのときとは違う感覚とenergyが沸き起こっている気がする。これは怒りの力だろうか。
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