Second memory 83

= second memory 83 =


歌い終わる。そのまま二人とも動かなかった。

SHINは目を閉じたまま私の胸にいる。このまま時が止まってほしい。

ゴリが新聞をめくる音に、腕の中のSHINが少しピクッとした。そして目を開ける。

『ありがとう・・』

そう言って、両手で私の頬を持ってまたkissしてくれる。息がちょっと苦しくなるくらい長く。

また口紅取れちゃうよ。唇を離してそのまま私を見つめる。微笑んでいない。鼓動が早くなってくる。なんでこんなにドキドキするんだろ。SHINの部屋じゃないからかな。

「口紅、また取れちゃったよ。」

ドキドキと沈黙に耐えられなくなって言った。

『ほんとだね。貸して。』

またつけてくれるの?いつもの口紅と紅筆を渡した。彼は首を振って言った。

『赤いの。』

ゴリが用意してくれた赤い口紅。絶対に自分では買わない色。

SHINはまたさっきみたいに親指で唇に触れる。

一緒に眠るときも時々そうしてくれたね。そして私は先に眠ってしまうんだ。

思い出して、見つめたままちょっと微笑んだ。彼も微笑みかえしてくれた。

そして紅筆を使って慎重に丁寧に一筆一筆彩ってくれる。顎を軽く持って。とても真剣な顔で。

彼がつけやすいように少し唇を開けた状態で目を閉じた。

まだ上唇につけてくれていないのにSHINの動きが止まったのがわかった。どうしたのかな。目を開ければいいのに開けない。ほんの一瞬の余白。そしてまたゆっくりと上唇にも紅を指してくれた。

ちょっとほっとする。そしてまた止まった。数秒して『はい』っていう声にそっと目を開ける。

SHINは両掌で私の頬を包んだ。そして笑顔にならずに少し見つめてくる。

どうしたの?私がその言葉を発する前にいつもの笑顔に戻った。

『変装完了。』

そう言って枕元にあったサングラスを取ってくれた。ほとんど同じタイミングでゴリが新聞を置く。

『そろそろ行くか。』

嫌だ。帰りたくない。ここにいたい。そんな私の気持ちを汲み取ったようにSHIN が言った。

『・・またね。次は青空の下で。』

もうここには来るなっていうことだね。仕方なく頷いてサングラスをかける。変装完了。


ゴリが何も言わずにドアの方に向かったから、SHINの方を見たまま後ろ向きについて行く。ドアから出るときも背中から出る。

SHINが微笑んで手を振ってくれたから、私も笑顔でちょっとだけ手を振った。

スライドのドアが半分閉まりかけた時に、SHINが何かを言った。微笑を消してとても真剣な表情で。彼の唇は『ありがとう』って動きに見えた。そしていつもの笑顔に戻る。

ふいに襲った刹那さを遮るようにドアが閉まった。

もう一度開けようとした時、ゴリに腕を捕まれた。

『行くわよ。』

そのまま廊下を歩く。ナースステーションの前を通ったとき『神村さん』と呼び掛けられてゴリが何か書類を渡された。


エレベーターの中でサングラスを外す。病院の入口近くの総合受付に、ゴリはさっきの書類を持って手続きに行った。

受付前のベンチに座って待ちながら考えている。会えて本当に嬉しかった。でも最後に感じた刹那さはなんだろう。ベッドにいるSHINを残してきたからかな。もう一回戻りたい。きっとだめだけど。

台湾の話はどうしよう。確かに魅力的だけど、今はこの街を離れたくないよ。なぜ日本では会えないんだろ?

でもまずいつでも退院できるように、部屋片付けとかないと。いつ頃行ってもよくなるのかなあ。一週間経ったけど別に何もないし。

SHINのピアスを触りながらぼんやりと考えていた。さっきまでの彼の記憶を頭の中に巡らせながら。

そのとき、後ろのベンチから声をかけられた。

『・・大下さんですよね?』

誰?変装してるのに!?

振り返れない。固まる。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る