Second memory 62
= second memory 62 =
インターフォンを押すのとほとんど同時にSHINがドアを開けてくれた。スニーカーの踵を踏んでドアを開けながら外に出てくる。
『おかえり!』
そう言うとほとんど外で私のおでこにkissをした。軽く触れるくらいに。
『ちょっと大変なことが起こったから、僕は事務所に行ってくる。悪いけど彼女を見ていて。彼女を一人にできないんだ。なにか・・しないように。詳しいことは帰ってから。頼むね。』
SHINはそう言うと、私と入れ替わりに外に出る。スニーカーの踵を踏んだままエレベーターホールにほとんど走って行った。
私はわけがわからないまま部屋に上がった。とりあえず鍵をかける。
ショートカットの女性はベッドの端に座っている。私の方を少し見て、会釈をしたので私もした。
「こんにちは。」
戦うのかもしれないと思った人に、挨拶してしまった。
彼女も小さな小さな声で『こんにちは』と言う。でもすぐに私から目を反らしてまた正面の壁を見つめる。
洗面所で手を洗って部屋に戻っても彼女はさっきと同じ場所で、同じ様子で壁を見ていた。
違う。彼女が見ているのは壁じゃない。空間だ。壁と自分の間の空間を見ているんだ。
話しかけることもできず、何をすればいいのかもわからずに、とりあえずお茶を入れる。お湯を沸かして日本茶を入れた。
「あの・・お茶入りました。」
ベッドの端に座っているので持っていくこともできず、テーブルの彼女に一番近いところに置いた。彼女は少し頭を下げたけれど動かない。また空間を見ている。もしくは何も見ていない?
どうしたんだろう?どういう人なんだろ?SHINとどういう関係の人なんだろう?
そんなことを考えながら自分の湯飲みを倒してしまう。
「あー!」声が出た。
でも彼女はまったく動かない。こちらを見ようともしない。もちろん私の煎れたお茶を飲みにくる気配もない。ちょっと怖くなる。
手持ち無沙汰だし、音楽をかける雰囲気でもないので、PCを出して今回の台湾出張の報告書を書いた。
時々彼女の様子を見ていたけれど、さっきとまったく変わらない。ちょっと心配になってきた。彼女に近づいて声をかけた。
「大丈夫ですか?」
確かに私の声は小さかったけれど、彼女は私の言葉に無反応だった。
ちょっと覗きこんで見てしまった彼女の目は、ほとんど空洞に見えた。見つめ続けていた虚無が彼女の目の中に入ってしまったようで。そしてそれはおそらく彼女の心の中まで浸食していく。
怖い。早くSHINに帰ってきてほしい。彼女が無に飲み込まれてしまう前に。
私の願いがかなって、鍵を開ける音がした。SHINは別の女性と一緒に帰ってきた。
少し年配のその人は、私に
『こんばんは』
と静かな笑顔をくれたあと、テーブルの上にある彼女のために私が煎れたお茶をちらりと確認した。そして小さな深呼吸をしてから、振り返ってベッドに座った彼女に話しかけた。
『橋長さん、大丈夫?明日は私と神村さんが一緒に行きますからね。今日はうちに泊まってね。』
すべてを無に支配されてしまったんじゃないかと思えた橋長さんという彼女は、小さく小さくほとんど息と変わらない声で
『すみません』
とSHINに頭を下げた。
いったい何があったんだろう。
橋長さんは誰で、年配の女性は誰?
そしてSHINはこの人たちと、明日どこに行くの?
疑問はずっと渦巻いているけど声は出ない。
ドアから出て行く二人をSHINが見送りに出た。
一人になった部屋のあちこちに、彼女の残した無のオーラを感じる。
公園の木々がざわつく音だけが、かすかな救いだった。
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