First memory 98

= memory 98 =


月曜日に、簡易書留で採用通知が届いた。

卒業制作を提出した私は、3限からなので自分で受けとることができた。開封して確認したあと、テーブルの上に置いて出かける。お母さんが見つけてくれるだろう。

結局、SHINと暮らすことは曖昧なままになってる。確かにSHINがいないあの部屋で、一人で時計の音や冷蔵庫の音を聞いて眠るのは辛い。木々の音だっていつも優しいわけじゃないと思う。でも、SHINがいれば問題ないよね。SHINが行かなければ。これから二人でいっぱい楽しいことしよ!そしたら行かないって思うかもしれない。

誰だか知らないけど、SHINに危ないことを託した人を恨みながら、その人に負けないぞって思っている。


学校が終わって〈SHELLEY 〉に行く。

ゴリはいなかった。よかった。ゴリがいたら絶対またケンカになる。SHINは絶対、ゴリになんか言われたんだから。

カバは私がゴリがいなくてホッとしてることが、すぐにわかったみたい。

『SHINと話したの?』

って聞いてきた。カバも知ってたんだ。

「話した。でもSHINが行かなければいいんだよ。そしたらセキュリティの心配なんていらない。どうせゴリが言ったんだと思うけど。」

カバはちょっとため息をついてから言った。

『ゴリはセキュリティのことなんか言ってないわよ。あなたのことは言ってたけど。cherryをあの広い部屋で待たせるつもりかって。おまえの匂いがプンプンするあの部屋で一人で待たせるのかって言ってたわ。』

「SHINが行かなければいいんだ!」

叫んでしまった。私はなんでカバにこんなにわがままなんだろ。許してもらえることを知ってるから?カバは、

『それも二人でゆっくり話しなさい。まだ時間あるんだから。』

って。私が何か言おうとした時に、ツーちゃんが入ってきた。私の顔を見て、気まずそうに笑う。

『cherry、この間ごめんね。』

ツーちゃんは悪くないよ。なんにも。

誰も悪くないよ。

最初からわかっていたことなんだ、ほんとは。

ごめんねツーちゃん。ごめんねカバ。


〈Noon 〉でJさんに、正式に内定をもらったことを告げたら

『おめでとう』

って言ってくれたあとに、この間、田中さんが教えてくれた話をしてくれた。

彩さんが帰ってこないことになったらしい。

アメリカで出会ったイギリス人の人たちとバンドを組んで、イギリスで活動するらしい。彩さんすごいよ。

でも、オーナーやJさんは困ったみたいだ。

『cherryが学生のままやったら、引き続きで頼もうって言ってたんやけど、就職したらそうはいかんしなあ。1月から研修やろ?とりあえず、1月からは知り合いのプロが来てくれることになってんけど、12月はその人、ムリやから。CHERRYが歌ってくれたら助かる。』

私もうれしい。1000年に一度のX'masに歌える。

毎年〈Noon 〉の年内最終営業日は、X'masのパーティーだって聞いてたから。

スペシャルなステージ。〈crazy night〉の日みたいになればいいなあ。

Noonのオールキャストで歌いたい。何がいいかな?X'mas songだよね。

私のワクワクした様子を見て、Jさんは微笑んでくれた。

『今年はオーナーもきっと来るやろ。CHERRYのほんまのラストやからなぁ。トリは毎年SHINって決まってるから、その前がCHERRY のデビュー曲、(allelujah)やな。それがCHERRYのラストソロや。 』

って。トリはSHINなんですね。

『オールキャストでなに歌いたいか考えときや。CHERRYの歌いたい歌にしよ。』

はいって頷いた。ありがとうございます。

ハーモニーが綺麗な歌がいいなあ。SHINはなに歌うんだろ?


その日から私は一緒に暮らすことも、SHINが行くかどうかということも、一度も口にしなかった。

まだわからないことで哀しい想いをするよりも、二人でいて楽しいことを考えて実行する方がいい。

ただ、SHINが行きたくなくなることだけは、毎日祈りながら。

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