First memory 90

= memory 90 =


他になにか。ああそうだ。今日のこと。動物園。

「SHINが動物園に行きたがってた。でも、今日って言ったからダメって。それで来週行くことにしてる。」

『動物園?』

カバも不思議そうに言った。

そして黙ってしまった。

『SHINには今日のこと、どのくらい話してるの?』

ゴリと会うことしか知らないって私の話を聞いて、カバはちょっと考えてから溜め息をついた。そしてまた黙ってしまった。

少しして冷めてしまった珈琲を飲んでから、口を開いた。

『・・SHINも多分ちゃんとわかってると思うわ。だから自分のことを責めてるかもしれないわね。自己嫌悪と戸惑いとjealousyがグチャグチャになってる。』

jealousy?だれに?・・

「まさか、ゴリ・・」

つぶやいた私の声に、カバが目だけで頷いた。

おかしいよそんなの!私とゴリのことなんて、一番最初から知ってるじゃない?

『SHINはゴリのもうひとつの仕事も知ってるし、今日みたいな姿のゴリのことも知ってるから。でもゴリに対してそんな気持ちになってしまったなら、そりゃ自己嫌悪になるわね。おまけにあなたに痛い思いさせたとなると。』

SHIN、おかしいよと思いながら、一昨日の自分の気持ちを思い出した。あの時の自分が嫌いだった。知らない人に対して抱いた気持ちでも、それを持ってしまった自分を責めた。汚く感じた。

SHINのことが心配になってくる。掌で顔を覆っていた姿を思い出す。

「カバ、SHINはそれが誤解だってわかってるんでしょ?私を信じてくれてるんだよね?」

『もちろんわかっているわよ。だから苦しいんじゃない。わかっているから、気持ちを内にしか入れられないから。自分の中で自動生産される負のオーラは、吐き出すことで少しは解消する。でもそれが間違えていることが自分でわかっていたら出せないじゃない。でも自動生産は止まらない。心の中に蓄積されていくわよね?いっぱいになるまで。心がそれでいっぱいになってしまったら。

私はSHINが独占欲を持ってこなかったとは思わないの。幼い頃に強い強い独占欲を持ち続けていて、でもそれは叶えられなかった。そのあとはそれ以上に強い気持ちで、何かを求めることがなかったのじゃないかしら。もしかしたら求めることが無駄だと思っていたのかもしれないし、長い間、自分の気持ちを押さえてコントロールしてきたのかもしれない。求めることを諦めていたのかもしれない。

でもあなたに逢って、ずっと封印してきたものを思い出してしまった。なにかに導かれるようにあなたと結ばれて、求めたものを手にしてしまったから、それを無くすことが不安になってる。これまで封印してきたから経験がない分、きっとその不安は大きくて深い。』

カバの話を聞いていて、いてもたってもいられなくなってきた。SHINに会いたい!

でも会ってどうすればいいんんだろ?

私の口からゴリとはなんでもないなんて聞くと、余計に辛くない?

私がSHINから『沙織さんとはなんでもない』って聞いたら、多分ほっとするっていうのとは違う気がする。

「カバ、SHINに会いたい。SHINの負のオーラの自動生産、止めたい。でもどうすればいい?何を伝えればいい?どうすればこれ以上SHINが苦しまなくてすむの?」

私になにができる?

『cherry 、子供って感情のままの表情をするでしょ?悲しければ泣くし、不安な時は不安な表情をしてる。笑ってるのは楽しいときだし。でもだんだんそうじゃなくなってくるわよね?楽しくないのに笑えたり、悲しくないのに涙を流せたり。他人と関わっていくことで、そんな力を身につけてしまう。私はそれが大人になるってことだと思うわ。でもあなたはわかりやすいの。あなたの表情は、いつもあなたの心のままな気がする。あなたの年齢くらいでそんな人を私は二人しか知らない。あなただって変わっていくわ、きっと。そうでなきゃ今の社会では生きていくのが大変だから。でも、今のあなたは子供のままだから。今のあなたの気持ちは、上手に言葉にできなくても伝わると思う・・。』

伝えようとすれば?

伝えたいと思えばそれでいいの?

上手に話せなくても?

SHINの心を癒す、素敵な言葉が見つけられなくても?

カバが包んでくれた二切れのバームクーヘンを掴んで〈SHELLEY〉を飛び出した。

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