First memory 80

= memory 80 =


金曜はいつものようにSHINのステージを見るために18時半には〈Noon 〉に行った。

SHINと控室で過ごしたあと、カウンターで田中さんと話してたとき、ホールにサオリさんっていう人を見つけてしまう。

もうすぐ7時からのステージが始まる。今日も満席だからreserveしてたんだね。

控室に行きたくなる。でも我慢した。

7時からのステージではいつもSHINは歌わない。

今日も歌わなかった。それだけでちょっとほっとしてる。

演奏が終わったらすぐに、田中さんにSHINへのメモを渡して店を出た。

SHINがテーブルを回る前に。

最後までいるつもりでいたのに。

一緒に帰るつもりでいたのに。

メモには

(先に帰ってシチュー作ってるね)

って書いた。

SHINはミートボールとマカロニが入ってる私の作るトマト味のシチューが好きだから。

買い物をしながら、暗い気持ちになる。

私はSHINを試そうとしている。こんな形で。

そんな自分が嫌い。


SHINはいつもの時間に帰ってきた。

休憩時間になっても私が控室に来ないから、カウンターに行って田中さんにメモをもらったらしい。

『よかったよ。おかげで食事ひかえた。ピザ、持って帰ってきたよ!』

お鍋の蓋を開けて嬉しそうに笑ってくれるから、とても申し訳なくなる。

ごめんね。こんな形で試してごめんね。

SHINの笑顔に笑顔で応えた自分も嫌い。


進路の話を聞いて、SHINは応援できることはなんだってするって言ってくれた。ありがと。

シチューもおいしいっていっぱい食べてくれた。ありがと。

私は自分が作った今日のシチューがおいしくなかった。いつもと同じ味だけど。

二人で食器を洗っていたとき、SHINがいきなり言った。

『cherry 、今日、元気ない?体調悪い?』

ドキってした。あわてて首を降って、

「大丈夫だよ。」

って笑ってみせる。

SHINは安心したみたいに微笑んでくれながら

『じゃあ日曜日、一緒に動物園に行こうよ!』

って。動物園?子供の時、行ったきりだよ。

あー、でも日曜日はだめだ。ゴリと約束してる。

「ごめん、日曜日はゴリと約束ある。」

私の返事にSHINは少し黙った。そして聞いてくる。

『ゴリとカバ?』

「多分、ゴリだけ。2時に紀伊国屋の前に来るようにって言ってたから。」

『SHELLEY でじゃないの?!』

なんか声、大きいからちょっとびっくりして頷いた。SHINは黙ってしまった。

そんなに動物園行きたかったの?

天気予報、雨だって言ってたし、来週行こうよ?

今週の天気予報は、今夜から週末まで雨。

あたってるみたい。

窓の外で雨が降り始めた音がしてる。


いつもはベットに入っても並んで座ってちょっと話すのに、SHINは今夜はすぐにkissをしてくる。そのまま求めてくる。いいけど。

でもSHIN、そんな風にしたらまたkissmarkついちゃわない?

胸元に唇を這わせるSHINの頭を持ちながら、小さい声で言う。

「SHIN、だめだよ。またゴリに叱られるよ。」

SHINは止めてくれない。

「SHIN・・」

もう一回言うといきなり私の両手首を握った。

痛いよ。手錠みたいじゃない。かけられたことないけど。でも痛い。

ちょっと我慢したけど指先が痺れてきた。

「・・SHIN 、手、痛い。」

今度も小さい声で言ったけど、SHINは手を離してくれない。指先だけじゃなくて小指全部が痺れてくる。

「・・SHIN、手痛いよ。」

今度はちょっと大きな声で言った。

『・・ごめん・・』

荒々しい息のまま、そう言って手首を解放してくれた。

そしてそのまま隣に寝転がってしまった。

両掌で自分の顔を押さえて息を整えてるみたい。

指先の痺れは少しましになる。血が止まるかと思ったよ。

SHINはまだ動かない。どうしたの?

雨風が強くなってる。

公園の木の枝が時々窓にあたる音がする。

ちょっと怖い。だから、さっきから動かないSHINにしがみついた。

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