First memory 73
= memory 73 =
一番難しかったのは、<SHELLEY>のShowと
<Noon>のライブの時間をずらすことだった。
お客さんはチケットと引き換えに、左手の甲に見えないスタンプを押す。
このスタンプに光をあてれば緑に光るので、イベントのお客さんだと判断ができる。
どちらの店にも何度でも入れる。
両方を楽しんでほしいから。
ただ、タイムキープをするわけではない。
特に〈SHELLEY〉では何が起こるかわからない。
連絡を取りながら進行する。
〈Noon〉の前には黒板がある。ライブの時間を書いているけど、必ず○○時「頃」をつけている。
最初にSHINのステージを持ってきたのは、ずれないから。
SHINのステージがずれて見れなかったら、必ずクレームになると思う。
リクエストカードの曲には、なるべく答えることにした。
その中でデュエットが当たったのは私を除いて5名。
もちろん山根さんも反則で入れてる。
私の1 回目のステージのラストで(夜来香)のデュエット。
私のお客さんとのデュエットは2つ。
山根さんともうひとつは大学生の二人組男子。
3人で(WINDING ROAD)を歌いたいって。
私の今日の1曲目。
SHINと私のデュエットの時間は一番最後。
私の2回目のステージの後。
(夜来香)と、私がリクエストしたもう1曲。
それが〈Noon 〉すべてのラスト。
<SHELLEY>の進行状況は、ゴリがコントロールしてくれる。〈Noon〉は私。
いよいよ始まる。
ちょっと怖い気持ちもあるけど、楽しみな興奮の方が強い。
わずかな距離だけど〈SHELLEY〉と〈Noon〉の間の街の中を、いろんな仮装をした人が行き来する夜。
どんな感じになるんだろう?ワクワクする。
周りのお店やビルの方々、自治会、警察にも今日のイベントの話をして許可はもらっている。
警察はパトロールしてくれるみたい。そんな大掛かりなことになるとは思わなかったけど。
最終的な警察や行政への手続きなんかは、すべてゴリがしてくれた。不審者の確認は左手甲のライトでするんだって。
ステージではとにかく楽しもうと思ってる。
ステージの下では、時間の計算と料理なんかの確認。次の誰かのステージの準備。
目が廻るほど忙しくて、また違う楽しさだけど。
SHINと最初にデュエットをしたのは、OLさんだった。アリスの格好をしている。
あんな仮装がしたかったなあ。
最初は声が震えてたけど上手だった。
二人目はミセス。
旦那さんも来てくれてる。自前のチャイナドレスが色っぽかった。今日のために旦那さんが中国に出張したときに買ってくれたんだって。
旦那さんは、SHINとデュエットする奥様をニコニコして見てた。優しいんだなあ。
山根さんとのデュエットのときは、緑のカツラをはずそうと思う。
だって奥様のイメージが壊れたら大変だよ。
ミセスのチャイナドレスを見てそう思った。
大学生男子はグリークラブの人たちで、すごく上手だし歌いなれてた。(7人の小人)の仮装。
録音したかったらしいけど、それはごめんなさい。またぜひ〈Noon〉に来てくださいね。
色紙にサインを求められてしまった。
さくらんぼの簡単なイラストの上に、
"CHERRY"って描いた。
初めてのサイン。ドキドキだよ!
よくすぐ描けたと思う。考えてなかったのに。
私、調子のっちゃいそうだよ。
山根さんは緊張でガチガチだった。
山根さんに日本語バージョンを歌ってもらって、私が中国語でと思ってたけど、フォローも含めて一緒に日本語で歌った。
Jさんがボサノババージョンじゃなくて、普通の伴奏にしてくれてよかったよ。
『いきなり、素人にボサノバはむりやし、あの人の奥さんがボサノバで歌ってたとは思えんしな。』
Jさんの配慮だ。
配慮ってこういうことなのかもしれない。
私が緑のカツラ外したのは?
Pm.10 。〈Noon 〉のラストクール。
ClownのSHINが歌ってる間に、いつもの衣裳に着がえた。
SHINのターンのラストは、私のラストターンの最初の曲のためのピアノ。
J さんのリクエスト (翳りゆく部屋)。
カウンターにいるJ さんを時々見ながら歌う。
歌い終わったときに、今までの感謝をこめてJ さんに向かって深くお辞儀をした。
頭をあげると同時に、左手をJ さんに向かって伸ばす。マイクを通して呼んだ。
「Mr.J・・」
Jさんにスポットがあたる。
その間にSHINが下がった。
これは夕べSHINが考えた演出。
『なるべく色っぽくね!J を驚かせよう!』
って、何回も練習させられた。
この間のShowのツーちゃんを思い出して、伸ばした左手の方に少し首を傾けながら、
「Mr.SHIN・・ 」
って言ったら、合格した。
SHINも、私がリクエスト曲を歌っている間に着がえている。
二人でJさんのピアノであの(夜来香)を歌う。
客席の一番前にいる山根さんは酔っぱらってない。
目があったとき、『ごめんね』って言うみたいに手を合わせてくれた。
歌いながら微笑んで、ちょっとだけ首を傾げてみせる。
そして、視線をSHINだけに。
あの緊張の夜を思い出す。
SHINのことをSHINさんって呼んでた頃。
まだ片想いだった頃、視線だけで合わせたデュエット。
あの時とは違う。もう何回も歌ってる。
SHINの部屋で、月の光を浴びながら、腕の中でも・・。
でも今も、あなたを見つめて歌う。
ただあなたを信じた、あのときの気持ちを思い出しながら歌う。
あなたの呼吸を見つめて。はかって。信じて。
あのときと少し違うのは、お互い少し微笑みながら見つめあっていれてること。
大好きなあなたの声と、私の声が空気の中で絡んでいくことに、満たされる余裕が持てるようになっていること。
あの日も、今も、ありがとう。
Jさんのピアノにも、あの日の緊張感はない。
優しく、私たちを包んでくれる。見守ってくれる。
見つめあいながら、
完璧にハモった。
完璧にとまった。
そして微笑みあった。
〈Noon 〉の〈crazy night〉、すべてのラストは、私のリクエスト(ALWAYS )。
J さんを含むJazz bandの皆さんの演奏で、私とSHINが歌う。
〈Noon 〉のオールキャストでひとつの曲を奏でるのは初めてらしい。
なんか責任重大な感じで、いつもの何倍も緊張してたけど、マイクを持ってSHINと目があった瞬間に忘れた。
SHINの部屋で何回も練習したから。
SHINのピアノで。
お皿を洗いながら、アカペラで。
夢におちる前に、雨の音に合わせて。
ずっと歌っていたいよ。
ずっと見つめあって。
I wish that 〈crazy night〉 doesn't end.
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