第64段 玉簀

昔、ある男に、ある女から手紙が来てやりとりしていたが、女は二人きりで会おうとも申し出ないので、いったいどこの女が自分に手紙を寄越すのだろうと、不思議に思って詠んだ。


 我が身を風に変えたならば、玉すだれの隙間を探して、中に入り込むことができるのだが。


女は返して、


 手で捕まえられぬ風であろうとも、玉すだれの隙間を探して入ってくることを誰が許すでしょうか。


【定家本】

むかし、男、みそかに語らふわざもせざりせば、いづくなりけむ、怪しさによめる。

 吹く風に わが身をなさば 玉すだれ ひま求めつつ 入るべきものを

返し、

 取りとめぬ 風にはありとも 玉すだれ 誰が許さばか ひまもとむべき


【朱雀院塗籠本】

むかし男。女をみそかにかたらふわざもせざりければ。いづこなりけむ。あやしさによめる。

 吹風に 我身をなさは 玉すたれ ひま求めつゝ いるべきものを

返し。女。

 とりとめぬ 風にはあれと 玉簾 たかゆるさはか 隙もとむへき

とてやみにけり。


【真名本】

昔、男ありけり。ひそかにかたらふわざもせざりければ、幾所いづこなりけむ、あやしさに読める。

 吹く風に 吾が身をなさば 《たますだれ》 ひま求めつつ 入るべきもの

女、返し、

 取りめぬ 風にはありとも 珠簾 誰が緩さばか ひま求むべき


【解説】

わかりにくい話だ。差出人の分からぬ手紙が御簾の奥から、おそらく童女などを使いにして、男に届くのだろう。男は相手がわからぬままのに返事を返している。二人きりで会って語らおうともしない。御簾の中に入れてくれるけはいもない。

送り主は御簾の奥にいる貴女であろうか。それとも主の女に仕える女房であろうか。

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