第57段 われから

昔、ある男が人に知られぬ恋をしていた。つれない女のもとへ


 恋に思い悩んでいます。海女が刈る藻に宿るというワレカラのように、私も自ら自分の体を砕いてしまいました。


【定家本】

むかし、男、人知れぬ物思ひけり。つれなき人のもとに、

 恋ひわびぬ あまの刈る藻に 宿るてふ われから身をも くだきつるかな


【朱雀院塗籠本】

昔。人しれぬ物おもひける男。つれなき女のもとに。

 戀わひぬ 蜑のかるもに 宿るてふ 我から身をも くたきつる哉


【真名本】

昔、人知れぬ物思ひする男、顔強つれなき人の許に、

 恋ひ侘びぬ 泉郎あまの刈る藻に 宿るふ 吾から身をも 砕きつるかな


【解説】

ワレカラは、割殻、海藻の中に擬態して棲むエビの一種。


宇多朝以降、この段のように、食べ物や虫を歌に詠むことがほとんどなくなってしまった。『伊勢物語』がそれ以前に成立した証拠の一つと言えるだろう。

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