025 足緩く来る

昔、ある男が、はっきりと「会わない」と拒むわけでもなく、しかし会ってはくれぬ女の元に歌を送った。


 秋の野を、朝露に濡れた笹をかき分けて歩いたときよりも、あなたに会わずに寝る夜の私の袖は濡れています。


男をじらしてからかうのが好きな女は、歌を返した。


 いくら口説いても甲斐のない我が身とも知らず、だるい足どりで、男が通い詰めてくるよ


【定家本】

むかしをとこありけり。あはじともいはざりける女の、さすがなりけるがもとにやりける。

 秋のゝにさゝわけしあさの 袖よりも あはでぬるよぞ ひぢまさりける

いろごのみなる女、返し、

 みるめなき わが身をうらと しらねばや かれなであまの あしたゆくゝる


【朱雀院塗籠本】

昔おとこありけり。あはじともいはざりける女の。さすがなりけるがもとにいひやりける。

 秋のゝに 笹分し朝の 袖よりも あはてぬる夜そ ひち勝りける

色ごのみなりける女。返し。

 みるめなき 我身を浦と しられはや 枯なて蜑の 足たゆくくる


【真名本】

昔、男ありけり。はじとも云はざりける女、さすがなりけるが許へ、遣りける。

 秋の野に 小竹ささけし朝の 袖よりも 会はでる夜ぞ ぢまさりける

好色いろごのみなりける女、返し、

 見る目無き 吾が身を浦と 知らねばや 枯れなで泉郎あまの 足たゆく来る


【解説】

海人、海女、海士のことを、漁人、白水郎、泉郎、蜑などと書くこともあったようである。「泉郎」は『色葉字類抄』に出るという。


「さすがに」は「しかすがに」。矛盾していることを言う。

会わないときっぱり拒絶しないから会ってくれるのかと思えば、一向に会ってくれない。どうも言葉と態度が矛盾している。そうやって男をじらしからかうのが好きな女なのである。


「みるめ」は「海松布」「水松布」などと書き、「ミル」という名の「メ(海藻)」のこと。「メ(海藻)」はおそらく「モ(藻)」と同義で、「わかめ」の「め」と同じ。


「海松布無き浦」つまり、「海藻が採れない浦」。同時に、「見る目が無い」、「会うことができない」、「見どころがない」、「口説く甲斐がない」という意味をかけている。


れなで」は(藻を)「枯れなで」もしくは「刈れなで」がかけてある。「海人」もここでは単に縁語というのに過ぎない。

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