第4話

 喫煙事件のあった日以来、私たちは瞬く間に仲良くなって、今では一番の親友だと言っても良い。


 あの日は、影森先生にお願いした通り、抜き打ちで実施されたC組の持ち物検査で、複数の人物の鞄から煙草が押収された。

 西本さんたちはトイレで遭遇した鞠が真犯人だと言い張ったけど、私が一緒にずっと保健室にいたと主張した。嘘吐きだと罵られて怯みそうになったけど、何としても鞠を守りたくて嘘を貫き通した。

 ほんの少しだけれども援護射撃してくれた影森先生のお陰もあって、私の証言は教師陣の信用を勝ち取り、鞠は特にお咎めを受けることなく、彼女たちの謹慎で事件は幕を下ろした。


 西本さんたちはもう復学していると、噂では聞いている。でもまだ一度も会っていない。階が違うからほとんど会うこともないと言ってしまえばそうなんだけれども、静かすぎて逆に不気味だ。憎まれ口の一つや二つ、言われることを覚悟していたから。

 二人のことをもしかしたら逆恨みしているかもしれないから気を付けろ、影森先生に実は先日そう忠告された。お悩み相談室を開業した先生の元には、恐らく私たちの耳には届かないような噂も入ってくるんだと思う。根拠もなく怖がらせるようなことは言わない、そんな先生だから、私も鞠も肝に銘じてなるべく注意するよう心掛けていた。


 だけどそんな煩わしさなんて、今の私にはあまり問題ではなかった。何よりも、鞠にとっての理不尽な未来が変えられたこと、それが嬉しくて仕方がなかったのだ。


 私は詮無いことと知りつつも、先日、どうしても鞠に訊いてしまったことがあった。


「もしあのとき私たちが沼田に見付かって、停学になってたらどうしてた?」


 彼女が来なくなってしまった理由。知ったところで、今更どうなるものでもないけれど。


「うーん……停学になるってことは、私たちの話を信用してもらえなかったってことだよね?」

「そうなるね」

「憧れて苦労して入った西紅なだけに、失望も大きそう。分からないけど、きっと凄くがっかりはしただろうなぁ」


 朝日に向かい、毅然と走る彼女を思い出す。あれは、鞠の無言の抵抗だったのかもしれない。何ら非のない自分に着せられた汚名。外見だけで判断した学校。有名進学校といったって所詮はこんなものだったのかと落胆し、そして学校を見限ったのかもしれなかった。

 今となってはもう、想像することしかできないけれども。


 鞠は翌日こそ酷く不安げに私たちと接していたけど、思った通り彼女の純粋な気質はみんなに慕われ、すぐにクラスにも溶け込んだ。

 彼女は特に私に懐いていて、何だか刷り込みのようだと笑ってしまうこともある。でもそれが妙に心地よくて、だから私は鞠にだけ、こっそり藤倉君のことを相談していた。


 戻る前には誰にも打ち明けられなかった恋の悩み。

 仲の良い友人ができたらこういうの相談してみたかったんだ、と告げたときの鞠は、私もこういうの相談されてみたかった! と心底嬉しそうに笑ってくれた。

 でも私たちは似た者同士、だから恋愛スキルも似た者同士なわけで。二人で膝を突き合わせたって、大して良い案は浮かんでくるはずもなく、藤倉君へ送るライン一つにしても、どうすれば良いのかで大騒ぎ。

 だけど私はそんな時間が寧ろ嬉しかったりした。戻る前に少しだけ憧れていた、女子高生らしいトーク。それが、現実のものとなったのだから。

 そして最後には必ず、上手くいく、と根拠のない自信を漲らせる鞠が、本当に可愛くて心強い味方だった。


 だからきっと、私が部活対抗リレーの組分けを気にしなかったことに疑問を抱いたのだろう。楽しみにしていてもおかしくない種目なのに、と。

 そこで、まさか、と思った。鞠が何か裏で画策したのだろうか?

 見つめると、「ん?」と首を傾げられた。

 いやいや、彼女に限ってそういうずるはしないだろう。

 でも、じゃあ誰が?

 考えても、一周回って結局元に戻ってしまう。


「何だか全然上の空。本当にどうしたの?」

「美濃部さんでもダメか……」


 二人は目を合わせ肩を竦める。


 私が過去へと戻って来て変わったこと。それは、A組になったこと、クラス委員になったこと、体育祭実行委員になったこと、鞠を助けたこと、そして藤倉君と仲良くなったこと。

 それ以外にもあるけど、他はほとんど些末なことだ。大きく変わったのはこの五つ。でもどれも、リレーのメンバーを故意に変えるような得体の知れない力と直結している出来事とは思えなかった。


「美麗、チャンスなんだからしっかりしなきゃ!」


 考え込んでいた私は、鞠の囁き声でハッとした。

 見れば彼女はにこにこ笑っている。


「うん……そうだよね」

 言われて改めて思った。そうだ、今は誰が仕組んだことでも、そんなの良いじゃないか。私にとって良いように、事態が転がったんだから。

「私、足凄く遅いんだけど、でも頑張るね!」


 やるからには少しでもかっこいいところを見せて、チームに貢献したい。だからそう思い直すことにした。

 やっといつもの調子に戻ったと、二人は笑顔で頷いてくれる。

 それは、とてつもなく幸せな光景だった。

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