事件の真相

第1話

 受験勉強に励みながら私は、夢でも見ていたのかな、ふと気付くと、そんな思考に囚われていたりする。

 実はやっぱり私はずーっと中学三年生で、転寝でもした拍子に高校生になった夢を見たんだ、そうやって考えたりするのだ。

 でも引き出しを開ければ、そこにはあの日握りしめていた紙の束があって。

 それは、高校生活の運命を左右したと言っても過言ではないクラス分けテスト。この存在が唯一、私が未来から戻ってきたことを証明してくれていた。


 つい先日までは、藤倉君と同じ高校へ行ったことを死ぬほど後悔していたというのに、感情なんて現金なものだ。こうして同じクラスになれると確約されている秘密兵器を手に戻って来てしまえば、私の考えは、やっぱり諦めるなんてできない、たやすくそう傾く。


 西紅の受験の日まで、私は戻る前と同じように、いやそれ以上に勉強に励んだ。未来が少しだけ開けたと思えるから自然と捗る。一度頭に叩き込んでいたというのも大きかった。

 入試で使われた問題用紙を持ち帰ることは不可能だったけど、受けてからまだ一年と経っていない。微かに覚えている問題もあったし、それに一度は自力で受かっている。この状況に甘んじなければ、きっと大丈夫。


 そうやって臨んだ西紅の入試。私は抜かりなく、勿論合格した。

 受かるというその思いはほぼ確信に近かったから、今回の合格発表は一人で来た。だって、ちょっと後ろめたい、そんな気持ちがあったから、素直に喜べない気がしたんだ。

 実際、感動は薄かった。母に抱きつき、人目を憚ることなく泣いた一度目の合格発表。あれは紛う方なき純粋な感情だった。でも今の私といえば、そこに少なからず良心の呵責を内包している。

 だけどこれからは、何かにつけてそう思うことが山ほど出てくるだろう。覚悟を決める時間なんて全然なくて、半ば勢いで戻ってきてしまったけど、いちいち気にして罪悪感を募らせれば、それはやがて心の檻になる。捕らえられ雁字搦めになったそんな心でなんて、きっと私は変われない。下手したら、もっと卑屈になってしまうかもしれない。

 せっかく戻って来たというのに、やり直すチャンスをみすみす逃すなんて愚かな真似、絶対にしたくなかった。今度こそ、藤倉君の理想の女の子になるために。失敗すれば、それは即ちまた同じ過ちを繰り返すということだ。


『一年、やっぱり戻らなければ良かったなんて、絶対に後悔しちゃあいけないよ。今日のこの日を過ぎるまではね。さもないと、時間戻しが無効になっちまう』


 あの日のおばあさんの言葉。

 あれよあれよという間に話が進んで、何を言われたのかもうほとんど思い出せないけど、これだけは耳に残っていた。


 ――時間戻しが無効になる。


 つまり、後悔をしたらそこでゲームオーバー、問答無用で連れ戻されるということだ。未来に絶望しか見出せない、あのクリスマスの夜に。

 二度と同じ轍は踏まない。そうしなければ――また必ず後悔してしまう。

 今年の十二月二十五日を過ぎるまで、それだけは何があってもしてはならないのだ。そのためにも、私は絶対に変わらなければ。長年培ってきたネガティブな思考は、スイッチ一つでオフにできるほど単純ではなかったけど、それでも。


 気付けば、睨みつけるように合格者の受験番号が貼られたボードを見つめていた。

 ふっと息を吐き出す。

 帰ろう。次はクラス分けテスト。問題も答えも分かってはいるけど、油断は禁物だ。それに、ただ丸暗記しただけでは、これからのA組の授業についていくことは困難を極めるだろう。全てを理解した上で正解を導き出せるようでなくては、彼の好きなタイプである『優秀な子』にはなれない。


 決意を新たにボードから目を外した、そのとき――

 ふと視線を感じた。


 目を向ければ、こちらを見ている人影。

 心の中で誓いを立てていた私は、それが藤倉君であることに、一歩遅れて気付いた。

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