160.Sな彼女とNな彼

大学受験をしたあの日。




私はここで王子様と出会った。




思い出補正済みではあるけど


少女漫画から抜け出したみたいな彼に


可愛い女子高生の私はときめいた。




その彼から連絡先を渡されるという


ミラクル展開にも関わらず


受験に落ちる上に連絡先を失くす


という失態をやらかした。




もちろんその彼とはそれきりで


第二志望の私立女子大に通い


平凡を絵に描いたような野本くんに


可愛い女子大生の私はときめいた。




公務員の彼と長年付き合うという


ノーマル展開にも関わらず


転勤について行かない上に浮気される


という失敗をやらかした。




普通のOLになった私は


みんなに王子と呼ばれている人に


出会って付き合うという


マジカルな展開が起きている。




付き合う前も付き合ってからも


幾度となくときめいている。



しかし



純情な精神で入学しワークしていた頃の


甘酸っぱい恋のトキメキというものは


青春時代しか味わえない。




けれども


風化されていく記憶の中で


既に王子様がどんな顔だったかさえ


上手く思い出せない。




前に二人で昔話をした時に


紀樹の従兄弟かもしれない説が浮上。


顔が似ていると聞いてからは


脳内で王子様の顔は紀樹になってしまった。




だから


きっと王子様に会っても


もう私にはわからないと思う。





学生さんたちとの打合せを終え


大学の正門に続く道を


胃をさすりながら歩く。




風が吹き抜ける。


シュシュで緩めにまとめていた髪が


煽られてほどけた。





「落としたよ」




私に声を掛けられていると気付かず


肩をポンポンと叩かれた。




「君、これ君のでしょ?」




振り返って見た姿に


驚きのあまり声も出なかった。




紀樹……!?




いや、違う。紀樹とよく似ている。




髪を黒くして


身長と大人の色気を足したみたいな……。




「そんなに驚かなくても(笑)」




この人もしかして。




ううん、この人がきっと。




ドクンと心臓が鳴る。




「ん? 君のじゃなかった?」




「あ、私のです。ありがとうございます」




胸の高鳴りが懐かしい記憶の


封印を解き放つ。




あれ?



でも


大学なんてとっくの昔に卒業してるよね。


何でここにいるんだろう?




「はい。気を付けてね」




別人?




シュシュを受け取る。




でも


紀樹の従兄弟ですとこの人を紹介されたら


普通に受け入れると思う。


むしろ兄ではないかと思う。




「あのっ……」




「ん?」




大人っぽい紀樹もかっこいいけど


やっぱり何か違う。


キラキラ感が失われている。




「何でもないです」




甘酸っぱい思い出は思い出のままだから


いつまでも美しいのかもしれない。




もし王子様が従兄弟なんだとしたら


いつか親戚になった時にでも


あの日のことを聞いてみよう。





私の詰めの甘さがいつも


幸せな結末を遠ざけていることに


もっと早く気付くべきだった。




シュシュについた小さい葉っぱを払う。




紀樹ならそのまま渡したりしないって


その時には気にもならなかった。




ちぎれた小さな葉が風に舞う。




振り返らずに歩いた。







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