159.Sな彼女とNな彼

その秋はとにかく忙しくて


目が回りそうだった。




通常業務と週末のイベント。


ハロウィンイベントのリーダーに加えて


今年は学園祭でするから外部と打合せが必要。




さらに園子がお腹が大きくなる前に


結婚式をやると言い出した。




「ガーデニングパーティーなの」



「そうなんだ。週末行けるかな」




ハロウィンの直前の土曜日。



スケジュール帳を確認する。



紀樹とデート。




これは……、どうしよう。




「実結、仕事は入ってないよね?」



「仕事はないけど……」



「パーティーの司会お願いしたいの」



「ええっ?!」




最近は忙しすぎて


英会話のレッスンにも行けていない。




それでも


「実結しか頼める人がいない」と言われると


断れない私はお人好しに違いない。




紀樹に「ごめん」と言うと


パーティーが終わったら迎えに行くからと


言ってくれた。




さすがに準備までは手が回らないから


同期の舞と頼れる後輩の朔くんに


園子のパーティーの準備はお願いした。





問題はハロウィンだった。




大学の学園祭のパレードに参加して


夜はあおすけバンド。


社長のスケジュールが合わなくて


バンドメンバーは正式決定してない。




社内で歌うま男子を探してるけど


まだ見つかってなかった。


いっそ紀樹に頼む……?と考えてしまうくらい


私の思考回路はショート寸前。




相変わらず報連相の足りない課長と


大学の学園祭実行委員さんと打合せの日が


迫っていた。




私が受験に失敗した国立大の学園祭。




こういう形で参加することになるとは


今も昔も想像すら出来なかった。




最初の打合せは園子が行っていて


その後は電話やメールでやり取りをしていた。


もう後は許可証の受け取りと


当日の段取りと会場の下見をするだけ。




打合せ相手は普通に現役の学生さんたち。



学園祭の殆どのことを学生たちでやっていて


その実行力に感心した。




昨年のあおすけバンドは


社長がギターとボーカルをしていたらしい。


私は大阪にいたから写真しか見てない。




「実は社長のスケジュールが合わなくて今年のバンドメンバーがまだ決まってないんです」



出来れば不参加という方向に


話を進めたかった。




しかし


一人の女学生が


スマホである動画を私たちに見せた。




「それならこの人にお願いしたんですけど」




二年前の私が歌っている動画。




「い、いや、これは……」




ウィッグやメイクを施された私に


学生さんたちは本人が目の前にいるとは


気付くわけはない。




課長がひらめき顔をした。



「間宮さんでいいなら間宮さん歌いなよ」



いやいや。


地域の小規模イベントでも震えるほど緊張した。


学生さんたちの前で歌うとか


どんな罰ゲームなの。



「無理です。嫌です。あり得ないです」



拒否した私に学生さんが目を輝かせる。



「あ、これ間宮さんなんですか?!」



「歌下手ですみません……」



「全然。もう一人の男性ボーカルは誰ですか?」



もちろん紀樹が歌っている。



「それはうちの社員じゃなくて取引先の方なんで無理です」



課長が二度目のひらめき顔をした。



「西川くんだよね。いけるんじゃない?」



「課長、西川さんはもう担当から外れてます」



「大丈夫っしょ。電話してみる」



その場ですぐに紀樹に電話した。




頼む。電話に出んな。




私の願いは虚しく、アッサリ繋がった。



課長はニコニコと話し始めた。



「西川くん、十月の最終土曜日ひまー?」


「午後以降でいいよー」


「あおすけバンドで一曲歌ってくんない?」



話が終わる。




「間宮さんが出るなら僕も出ますってさ」




鬼すぎる。




学生さんたちがきゃあっと歓声を上げた。




「のっ……、西川さんだけでいいじゃないですか……」



「本人が間宮さんが出るならって言ったもん」



「か、考えさせてください」



「もう日数もないし、上司命令~」




鬼畜すぎる。




課長はそれだけ言い残すと


私に会場や控え室の下見を押し付けると


さっさと帰って行った。




「何かすみません」と学生さんたちには


謝られたけれど、彼女たちに罪はない。




一生で二度目のステージ。




ああ、今日は胃が痛い。







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