134.Sな彼女とNな彼

春の風に吹かれながら



心の、体の、魂の訴えを



どうでもいい一般論で封じた。





「私も結婚したい気持ちはあります」




「うん」




「現実問題として家族や仕事のことも決めてから進みたいから、保留させてください」




「いつ進めるん?」




「一年ください。社内コンペで次こそ大賞取ります」




「わかった」と彼の方が折れた。





ザワザワと木が揺れる。



拾ったはずの白い花が風にさらわれたことには



気が付かなかった。





「彼氏と彼女の期間を楽しみましょうね」




「俺は彼女に対しても奥さんに対しても何も変わらんけどな」




「本当ですか?」




「俺にとっては同じやから」





さらりと言う彼を信じれば良かったのに。





薬指にキスをされてハッとした。





「指輪はこれで十分なのでダイヤモンド買わないでくださいね」




「何で?」




「一年後にもう一回プロポーズしてください。パカッてされた方が嬉しいです」




「んー、わかった」




不満そうに絡ませる指に右手を重ねた。




「それにしても何で私の指輪のサイズわかったんですか?」




「ナイショ」




「経験上ですか?」




色んな女の子にあげてたらわかるよね。



何だか腹が立つ。




「女に指輪を贈ったのは初めてやけど」




「嘘だ(笑)」




「なんでやねん」




いつだって私の喜ぶ物ばかりを



当たり前のようにくれるから。




「誰かさんの落とした指輪を拾ったことあるだけ」と



頬を撫でられて



そっと目を閉じた。





キス





されると思ったのに気配がない。



目を開けると



彼がニヤニヤと私を見ていた。





「なっ、何ですか?」




「俺大事なこと思い出したわ」




「大事なこと?」




彼はカクテルの缶を飲みきって



近くにあるゴミ箱へと放り投げた。




カァン!




金属音がゴールを告げる。




「お酒ですって言いましたよね」




「朝まで付き合ってくれるんやろ?」




「あっ!」




勢いで言ったことを後悔した。





「実結は俺の彼女になったよな」




「う、はい」




「もうお預け期間も終了やんな?」




「そうです、けど」




いくらなんでもさっきの今では


心構えというものが出来ていない。





彼が優しく髪を撫でて笑った。





「いきなり取って食ったりはせえへんやん(笑)」




「でも……」




「ちょっと歩こっか」




「え?」





立ち上がって伸びをした彼が


手を差し出した。





「おいで、実結」





手を繋いで波打ち際まで歩く。





遠くに座っていたカップルも


いつの間にかいなくなっていて


暗い砂浜に二人きり。





立ち止まって手を離して向かい合った。





「どうしたんですか?」





「より暗い方がやりやすいやろうなと思って」





「何の話ですか?」





「実結。おねだりの練習しとこっか」





言ってる意味がわからなくて首を傾げた。





「おねだり?」





「キスして欲しい時は自分から “キスして” って言うんやで?」





悪戯っぽく笑った彼が私の前髪を上げると



おでこに一つキスをした。









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