130.Sな彼女とNな彼

私の住んでいる小さな世界では


私の築き上げた壁ばかりで


何だか息苦しい。




離れた友達に電話しても


子供の話がメインで


私には育児の大変さがわからなくて


上手く話を聞けていない。




一緒に住んでいる家族には秘密を抱えていて


上っ面の会話しかできない。


近頃は父の体調が良くないせいもあって


母も少し疲れている。


野本くんと別れた事を話せていない。




充実しているつもりだった仕事も


上手くいってないし


仲間だと思って接してた同僚も


敵か味方かわからない。





つっっっかれた!




世間では既にゴールデンウィーク。



私は普通に出社してワーク。



転勤前に働かせすぎでしょ。




電車に揺られていると


寄り道がしたくなった。




駅前のコンビニで


甘い缶チューハイとカクテルを買って


バスに飛び乗る。




『浜辺公園行き』




疲れてる時も海やろ、なんて


思ったわけじゃないけど


夜の海が見たかった。




暗い砂浜のベンチに一人で座る。




「仕事やめよっかなー……」




缶チューハイを一気に飲んで


ため息混じりに呟く。




だから何がしたいってわけでもないけど


心は折れていた。


そもそも転勤だってしたくない。


ゴールデンウィーク中には


引っ越し先を決めて契約しなきゃいけない。




彼と距離が近くなるのは嬉しいけど


遠距離が中距離に変わったところで


頻繁に会えるわけじゃないと思う。




一人で知らない土地に行く不安の方が大きい。





空には三日月が浮かんでいる。





さっき通り過ぎたカップルが


遠くのベンチに座った。


何をしているのかは見えないけど


愛でも語り合ってるんだろうか。




缶のカクテルを一口飲みながら


ぼんやりと寄せては返す波を眺めていると


会社用の携帯が鳴った。




登録されていない番号。




「はい、もしもし」



「マミヤちゃん今どこにおるん?」



「西川さん?何でこの番号知ってるんですか?」



「山田に聞いてん。何で自分のスマホには出えへんねん」



「あ、今日忘れちゃって。ごめんなさい」




会社用の携帯が支給されてから


自分のスマホが疎かになっていた。




「で、今どこにおんの?」



「浜辺公園です、けど」



「何でそんなとこに?」



「お散歩です」



「十五分で行くから待ってて」



「はい……えっ?!」




通話終了。




携帯に向かって「え?」と


もう一度聞いた。






きっと十五分も経ってなかったと思う。





「西川さんって……瞬間移動できるんですか?」




王子様というより魔法使いみたい。




「なんでやねん(笑)。だから朝から何回も会いに行くって連絡入れてたやろ」




「毎度すみません……」




「お陰で山田とドライブするはめになったやろ」




うちの会社から山田さんを会社まで送り届けたらしい。




「本当にごめんなさい」




「マミヤちゃんはここで何してんの?」




「お散歩だって言いましたよね」




「チューハイ飲みながら?(笑)」




「それは……そういう気分の時もあります」




ふいに彼が小さな花束を差し出した。



スズランの甘い香りが広がる。




「今日はすずらんの日なんやって」




「わぁ、ありがとうございます……!」




男の人から花束をもらったのは初めてで



儚い贈り物がこんなにも嬉しい。




三日月にスズランをかざすと



小さな花が揺れた。








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