105.Sな彼女とNな彼

「で、何で俺には彼氏と別れたこと黙ってるんか教える義務があるよな?」




「なぜそれを……」




「マミヤちゃんより朔の口を割らせる方が簡単やったしな~」




「あ……」




やはり他人に秘密を貫いてもらうのは難しい。




「それに……」




彼はポケットからシルバーの指輪を取り出して


ピンッと指で弾いた。



勢いよく回転しながら胸元に落ちてくる指輪を


どうにかキャッチした。




「あっ!これは……」




元カレ野本くんが私にくれたペアリング。




『N to M』の刻印がある。




「ずっと前にマミヤちゃんのデスクの足元に落ちててん。失くしてたの気付いてへんかったやろ」




捨てることもできず


家に置いておくこともできず


会社の引き出しにしまっておいた。




「二股、かけられてたんです」




「だからしょうもない男とは早く別れろって言ったやん」




それは彼女を長期間放置しているしょうもない男


という意味で彼が言ったことで


二股の事実を知っていたなら早くに別れていた。




だけど。




「音信不通で会えない中で、私は西川さんと出会って、気持ちが揺れた部分もあります」




何か言おうとした彼を遮って続ける。




「そんな私と二股かけた元彼と何が違いますか?浮気心を起こしてる時点で同じじゃないですか?」




「それは弱ってるマミヤちゃんに付け込んでる俺の責任やろ」




「私の意志が弱いからですよ。こんな女の何がそんなにいいんですか?」




彼がぷっと吹き出した。




「なんやそれ(笑)。めっちゃ回りくどいな(笑)」




むっとして答えた。




「私は真剣に言ってます」




「ほな、真剣にあほやな(笑)」




「あ、あほって……」




ぎゅっと手を握って私の顔を覗き込む。




「俺はマミヤちゃんが浮気者でもええよ、別に」




「嘘つき……」




「よそ見されへんように俺が頑張るやん」




「浮気に相手の努力は関係ないですよ」




彼がふっと笑う。




「そうやな。じゃあ、付き合う前に浮気はしませんって約束して」




釣られて笑った。




「ふふっ。付き合いませんけどね」




彼は本気で驚いた顔をした。




「えっ、何で?!」




一つ息を吐く。




「遠慮します」




西川さんはうちの会社の女性だけで


何人と関係したことあるんですか?なんて


怖くて聞けない。




「俺のこと好きやって言うたやん!」




「言ってないです。私はもう浮気されるのは嫌なんです」




睨み付けると、彼は真顔で応えた。




「俺は浮気はしないって言ったやろ」




「過去にしたことはありますよね?」




一瞬の間が空いた。




「十代の頃の話は時効にしてもらわれへんかな」




「浮気に時効なんかないです」




バッサリ斬ると彼は真っ直ぐ座り直した。




「俺な、中学の時は全然モテへんかってん」




「はい?」




「高校入ってバンド始めたら急にモテるようになってな。調子乗って遊んでて、当時の彼女には申し訳ないことしたと思ってんねん」




「それが何か……」




「その時にもう彼女は作らんとこうって決めてん」




「何が言いたいんですか?」




「つまり最初に付き合って以来、彼女おらんから浮気なんかしてない」




真顔で言っても肝心な問題がある。




「特定の彼女がいないだけで女遊びはしてるでしょ」




「マミヤちゃんと会ってからはしてへんやろ。貞操を守ってるやん」




「信用できません」




「してない証明は難しいねんなあ。悪魔の証明って言うやろ?」




やったことを証明するには事実一つで済むけれど


やってないことを証明するには全部を調べなければならない。




「そうですね。だから……っ」





不意に抱き寄せられて次の言葉を見失う。





「大事なんは現在と未来やろ。もうごちゃごちゃ言わんと俺と付き合ってよ」





触れ合ってる部分が熱い。





「でも……」





「何を言われてもマミヤちゃんを好きやねん。初めて会った時からずっと」





耳元で囁かれると頭が真っ白になる。





「そろそろ覚悟決めて俺に愛されて」





吐息まじりの声に心が震える。





「俺はマミヤちゃんが運命の人なんやと思ってる。マミヤちゃんも俺たちは結ばれる運命やって気付いてるやろ?」




微かに触れた唇に体が痺れる。





うっすら開けた目には綺麗な夜景が映る。





力強く抱きしめる腕に抗う言葉なんて



もうどこにも見当たらない。









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