101.Sな彼女とNな彼

「無理だったらもう一回電話してね。あと三十分くらいなら会社にいるから」



電話を切った後



「あったかいコーヒー入れて来ます」



呼び止められる前に給湯室へ逃げた。




ドリップコーヒーと紅茶のティーバッグを



セットしてお湯を注ぐ。




「別に取って食ったりはせーへんやん(笑)」



いつの間にか背後に立っていた彼が笑う。



「じゃあ、ジロジロ見るのやめてもらえますか」



「美しいものを眺めるのは人間の本能やろ?」



「またそういうこと言う」




ドリップにお湯を足す。




「マミヤちゃん、もうちょい右に寄って」




彼は後ろから私の肩を右に押すと



ゴム一本でまとめていた髪をほどいた。



緩く巻かれた髪がふわりと揺れる。




「もうっ」



「二人きりやから充電タイムでええよな?」



「だ、駄目に決まってるじゃ……」



言い終わるより先に



後ろからそっと抱きすくめられた。



心臓が痛いほどに高鳴る。




「嫌ならやめるから」




ドキドキで息が苦しい。




「やめ……て」




抵抗とは裏腹にぎゅうっと力が込められた。




「マミヤちゃんのヤメテは、もっとしてにしか聞こえへん」




彼の熱が伝わってきて



火照りが取れたばかりなのに



また体温が上がる。




「そんなわけ……」




ないはずなのに



もっと強く抱きしめて欲しいと



思ってしまう。




「めっちゃイイ匂いやな。これは元気になる……」




彼が髪に顔をうずめて優しくキスをするから



体の奥が疼く。




「こ、これ以上は……、みんな帰って来ます」




「まだ大丈夫やろ」




「監視カメラが……」




「死角は俺が把握してるやん」




止める言葉を探している私の耳の後ろを



彼が唇でなぞった。




「ひっ」




声にならない声を上げると



動きがピタリと止まる。




「マミヤちゃんさあ……」




「な、何ですか」




「もしかして彼氏と別れてる?」




緊張が走る。




ここは何と答えるべきか。




「……別れてないです」




ササヤカな嘘をつく。




本当のことを知られたら



彼との答えを出さなきゃいけなくなる。




「ふぅん?」




「な、何でそんなこと聞くんですか?」




「何となく」




髪の間から見える素肌に



彼が強く吸い付いた。




「あっ、やめっ……」




振りほどこうとする前に



彼がバッと体を離した。




「マミヤちゃん、体がビクビク震えすぎやから(笑)」




「そういう言い方やめてください」




恥ずかしい。




「違うとこが元気になってまうやん(笑)」




「王子様の格好で何てこと言うんですか」




振り返って視界に入った彼も



恥ずかしそうに笑っているから



たまらない気持ちになる。




「王子様じゃないんやけど」




衣装用の軍服はキラキラとしていて



とても高貴な人のように見えた。




「かっこいいですよ、すごく」




彼の照れて笑う顔。




「惚れるやろ?」




したり顔の低い声。




「ふふっ。そうですね」




全部に胸が熱くなる。




「じゃー、キスして連れ去っていいですか。お姫様」




「私のどこがお姫様なんですか(笑)」




「見た目だけならエロナースやなとは思うけど(笑)」




「ひどい(笑)」





ふっと笑って私の手を握ると




真剣な瞳で見つめる。





「俺にはお姫様以上やから……」





その瞳に抗えない。




もうこのまま連れ去ってもらっても




構わないと思った。






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