94.Sな彼女とNな彼

ハチミツ入りの甘いミルクティーは



心の奥まで染み渡る。




「マミヤちゃんは先に戻っといてな」



「はい」



「俺は直接ミーティングルームに行くから」



「わかりました」




お忍びで交わす言葉は


何だか胸がくすぐったい。




「マミヤちゃん」



「はい?」



「このまま二人でどっか行く?」



「何言ってるんですか(笑)」




本気を含んだ言葉は


何だか胸がきゅっとなる。






会社に戻って打合せの準備をして


ミーティングルームに向かう。




西川さんはまだ帰って来てなくて


朔くんがぐったり座っていた。



「昼休みも練習?」



「社長がいる時は、そうっすね」



本業が忙しい社長は


定時後のバンド練習にあまり参加できず


昼休みに音合わせをしている。



「あっ、また手のマメ潰れてるね。絆創膏貼ってあげるから待ってて」



救急箱から早く治る絆創膏をもらう。


一番高いつ。



「ありがとうございます」



「痛そう。早く治るといいね」



練習が始まってから朔くんの手はボロボロだった。






「どうしたん?」



静かに開いたドアから西川さんが入ってきた。



「朔くんのマメ治療です。ノックくらいしてくださいね」



「俺はええねん。朔はマメできるくらい仕事してるん?」



絆創膏だらけの手を繁々と眺めた。


朔くんは手をグーパーさせた。



「仕事じゃなくてドラム練習すね。久々にスティック握ったら手マメだらけで……」



「ドラム?」



「今度のハロウィンで社長たちとバンドやるんで、毎日上司たちと練習漬けっす」



「エリシマムの曲やるんや」



机の上に置かれた楽譜を手に取って


西川さんは目を輝かせた。



「知ってますか?」



「俺はエリシマムのコピーバンドしてたからなあ」



「西川さんもバンドやってたんすね」



「高校の時な」



「ボーカルですよね?」



「何でみんな決め付けるん?(笑)」



真ん中で歌ってる姿しか浮かばない。



「楽器もやるんですか?」



「ギター弾いてたけど、もっと上手い奴がおったからなあ」





ドラムは叩いたことないって言いながら



朔くんにスティックの握り方を



教えていた。




曲をちょっとだけアレンジしたら



練習期間短くても大丈夫って言って



楽譜に何かを書き込んでいた。






打合せが全く進まない。






その時


コンコンとドアがノックされて


受付の女の子が荷物を持ってきた。




「間宮さん、バンドの衣装が届きましたよ」




「ありがとう!間に合って良かった~」




開封して中身を確かめる。




エリシマムの軍服。




「うわあ、かっこいい!朔くん試着する?」




「定時後の練習の時に着ます」




「じゃあ、西川さん着てみますか?」




絶対似合う。




「なんでやねん(笑)。俺が着る意味ないやろ」




「早く誰かに着て欲しいんです」




「それより朔がこれ着るんやったら、もっさい髪型やめて頭セットした方がいいんちゃう?」




最近は行く暇がないと言って


長めの髪をうっとうしそうにしている。




「セットってどういう?」




「マミヤちゃん、ワックス持ってへん?」




借りてきたワックスを使って



朔くんのくせ毛を綺麗に流していく。



鏡を見た朔くん本人が一番驚いていた。




「うわ、別人っすね」




「やろ?似合うやん、朔」




「ありがとうございます」




「ふう。今日はええ仕事ができたな」






本来の仕事は何一つ終わってない。









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