44.Sな彼女とNな彼

課長が私の肩をポンと叩いた。




「約束の焼肉だけど、今晩はどう?」




「いえ、今日は無理です」




「誕生日やもんな」と彼が横槍を入れた。




課長がニヤリとする。




「誰と約束してるの? もしかして西川くんと??」




「何でそうなるんですか。違いますよ」




母がケーキを買って待ってる、なんて


恥ずかしくて言えない。




「それじゃ彼氏か~。間宮さんも隅に置けないねえ」




「ええ、まあ。そういうわけで今日は定時に帰らせて頂きます」




彼の方をチラリと見ると


寂しげな顔をしている。




明るく「もちろん!」と親指を立てる課長と


翌週焼肉に行く約束をした。





家で誕生日ケーキを食べながら


母が「野本くんは元気?」と


珍しく聞いてきた。




「うん。でも、忙しくて参ってるみたい」




「一人暮らしでしょ? 心配ね」




「来月には様子を見に行ってみるよ」




父も黙って聞いていた。




野本くんは真面目を絵に描いたような人で


父も母も私の結婚相手であって欲しいと


思っているのはわかってる。





お風呂に入る時に


彼から貰ったバレッタを外した。




好きな子にプレゼントするって勇気がいるもんなあ。




何気ない言葉も、態度も


照れた顔も、寂しげな顔も、笑った顔も


どれもが私の胸を締め付ける。




早く野本くんに会って


不安な毎日からも揺れる気持ちからも


抜け出したい。






翌日。




課長と西川さんと三人で打合せをして


パソコンの更新を急ぐ部署を確認したり


彼以外の担当者との顔合わせ日を決めたり


スケジュールが組まれた。




これから数ヵ月は


週1~2回彼と仕事することになる。




結局


焼肉だって課長と二人ではなく


彼と、その後輩の大江さんと


北山さんも一緒に行くことになった。




ただ誕生日の時以来


彼は私との距離を


最初よりも置いている気がした。




諦めてくれたのかもしれない。




寂しいと思わないわけじゃないけど


ホッとする気持ちの方が大きかった。




おかげで仕事はスムーズだったし


周りの目を気にしなくて済んだ。




イベントも多くて


余計なことを考える暇もなく


五月が終わった。















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