21.Sな彼女とNな彼

「足は大丈夫なん?」




「全然大丈夫です」




足首が痛むけれど


まさか普段は履かないハイヒールで


二回も躓いたなんて恥ずかしすぎる。




「電車は南方面で良かったんかな?」




「あ、はい。その改札入ってすぐのホームなので、ここで……」




「ほな、また明日」




「はい。ありがとうございました」




深々と頭を下げて


改札の中へ入った。




振り返ると


彼は霧のような雨の中で


小さく手を振る。




私が電車に乗って


姿が見えなくなるまで


何度振り返っても


彼は同じ場所から動かなかった。





こんなの誰だって嬉しいって


思ってしまうじゃない。





座席に座ることができて


読みかけの小説を開いたけれど


内容は全く頭に入って来ない。




今日一日の出来事が


浮かんできては


胸の奥で消化不良を起こす。





彼の驚いた瞳を思い出す。




一目惚れって信じる?





信じてるよ。




人の気持ちは理屈じゃないもの。




だけど


遊ばれるつもりはない。



曲がりなりにも


私には彼氏がいる。




付き合う気もなければ


付き合えるわけでもない。




はたと気付く。




一体何を考えてるんだろ。




目を閉じて


電車の揺れに身を任せた。




すぐに眠りに落ちる。




次の駅に着いた時


うっすらと目を開けた。




雲の切れ間から月が見える。




満月一日前。




光が理性を狂わせる。




そっとムーンストーンを撫でた。




迷いを照らし


正しさへと導く月の石。











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