35.Sな彼女とドSな彼

ようやく実結のいない日常に


慣れ始めていた。



目につく思い出の品は


段ボールに入れた。



実結の大好きな『あおすけ』の人形が


力なく笑っていた。



捨てる勇気は持てなくて


力いっぱいにガムテープで封をした。






今日も新しい一週間が始まる。




午前九時。




ギリッギリにサヤカが出勤。




「サーヤ、暗いわ!」




見た目は少し落ち着いていたが


ひたすら携帯とにらめっこを始めた。



死人がゾンビくらいには回復して


違う誰かの冗談には


薄気味悪い笑顔を返すようになった。




「そっすか〜。すみません〜」




ノロい返事しかしない割に


机の上に置かれた携帯が光ると


早押し女王のごとくサッと手に取る。




期待するメールではない様子で


携帯を見た後はションボリしながら


給湯室に逃げ込む。




自分を振った女にメールする男はおらんやろ。




いつまでも横で暗い顔されてんのも


気になって仕事に差し障るわ。




しゃーないな……。




サヤカを追い掛けて給湯室へ行く。




手に持っているコーヒーを奪って飲む。




「あっ、私のコーヒー……」



「サーヤ、今日ヒマ?」



「いえ。まだ仕事山積みですけど……」



「せやなくて。仕事終わった後!」



「あと? ヒマっちゃヒマですけど……」



「ほな、帰りにカラオケ行かへん?」




失恋には歌が効くと


コウちゃんが言ってたからな。




「……二人でですか?」



「せや。あかん?」




ちょいちょい昼は二人で食べに行くけど


夜は一緒に行ったことなかったっけ。




「……あかんことはないですけど、今は私は暗い歌しか歌いませんよ?」



「ええよ、別に。ほな決まりな!」




歌う元気があるなら大丈夫やな。




普通のことが普通に出来たら


どんな大きな気持ちでさえも


少しずつ風化していく。




感じてた確かな温もりだって


思い出せなくなっていくんやから。












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