佳境の島

雪車町地蔵(そりまち じぞう)

佳境の島(b)

 夜が明ける一歩手前の時間、青年は新造された橋を前にして、白い息をゆるゆると吐き出している。

 この十年雪が積もることもなかった南の小島に、季節外れの寒気がわだかまっていた。

 ほんの一年前まで、そこから見える景色は真っ青な海と空だけだった。

 うみねこが飛び、雲間を縫ってとびが駆け下り、波間に小魚をとらえる。

 見渡す限りの海と空で、そんな日々が繰り返されていた。

 でも、いまは――


「もう、出発されるんですね」


 背後からかかった声に、青年は微かな笑みで応じた。


「僕が生まれたとき、この島にはなにもなかった。コンビニも、ATMも、信号機すらなかった」

「そうですか」

「うん、だけど、本当はなんでもあったんだ。発電所ができて、工場が増えて、残土処分場が山のほとんどを呑み込んで、堤防が針山みたいにはえて、それでようやくわかったよ。涸れる前の川の、テナガエビ。夕焼けのなかで白いハサミを振り上げるシオマネキ。鳥も、森も、失われてしまったけれど、でも、全部ここにあったんだ。僕がそれに、気が付かなかっただけなんだ。だから――いくよ」

「そうですか。では」

「うん、今度は、僕の番だもんな」


 その言葉に、青年の背後でその小さな影は、ちいさく微笑んだようだった。


「あなたの旅路に果てがあることを――私はこの島で、ずっと祈っていますから」


 その言葉を噛み締めて、青年は歩き出す。

 彼の思い出が、その多くが終わってしまった島から。

 これから近代化が始まるその島へと背を向けて。


 彼は、完成したばかりの橋を渡る。


 佳境の島から本土へと続く、過去から未来へと続く橋を。

 その架橋を。



 いま朝日が、ゆっくりと世界を照らし出す――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!