見下げて
肌を優しく撫でる様な陽気が心地いい季節。
咲き頃になった桜は、花を散らしながらもなお咲き誇り、儚い姿で見る人の心を奪う。
そんな桜の花びらが水路に舞い落ち、水の上を流れる様子は風流だろう。
そして、桜の花びらが流れるその水路に、小さな金魚がゆったりと泳いでいれば、 それはなおのことだ。
あたしの町は、そんな「なおのこと」が見れるのである。
石で造られたアーチ型の小さな橋。
町の狭い水路を隔てる長さ1m程の短い橋の上に立ち、そっと中を覗き込んだ。
すると、そこに桜の花びらと一緒に水流に漂い泳ぐ、数匹の金魚の姿を見つけた。
「あ、金魚だ!」
思わずこどものように声をあげ、あたしはスカートをはためかせる。
そよぐ風もないのに右に左にと揺れる制服。
そうやってはしゃぐあたしを見て――
「……それ、わざわざ見に行く程のもの?」
――先輩は呆れ声でつぶやいた。
すぐに後ろを振り返ると、先輩がきゅっと唇を結び、腕組みをしている。
「見慣れてるでしょ?」
金魚はもう飽き飽き。とでも言いたげな口元に、あたしはちょっぴりたじろいだ。
「けど、金魚が泳ぐ水路なんて、他じゃそうそう見られないですよ」
今にもため息を吐きそうな先輩に、あたしは反論する。
けど、先輩はあたしの言葉を真剣に受け止めてはくれなかった。
それどころか態度は更にそっけなくなり、言動も投げ槍になっていく。
「全く、下水道泳ぐ魚見て何が楽しいんだか」
挙句、先輩は「ハァ」とため息を吐くと、明後日の方向に視線を落とした。
そのつれない行動に、あたしの唇はつんっと尖っていく。
桜の花びらが流れる水路と、そこに生きる金魚たち。
赤い背をこちらに向け、ととと、と耳に涼しい流水を泳ぐ姿。
これをつかまえて『下水道云々』と片付けるのはちょっとひどい。
「先輩……せめて水路って言ってくださいよ」
濡れた布を絞るように声を出し、あたしは拗ねた言葉を紡いだ。
しかし、先輩は悪びれる様子もなく微笑むだけで……。
その後――
「あなた、ホント金魚好きね」
――と、からかう様にも、なだめる様にも聴ける言葉をこぼした。
それを受け止めたあたしは、なんともくすぐったい気分になる。
気付けば拗ねてとんがった唇はグシュグシュと崩れ、やわっこい口餅みたいな頬には困惑が張り付いていた。
「べ、別に……そこまで好きって訳じゃないですけど」
そう、うやむやな返事をして、あたしは金魚が泳ぐ水路に背を向け先輩のもとへと駆け寄る。
すると。
「でも、好きじゃないとあんなに上手くないでしょ? 金魚すくい。大会とか参加しないの?」
隣に並んだ途端、先輩はあたらしい話題を持ち掛けた。
「しませんよ……そもそも金魚好きと金魚すくいの上手さは関係ないですって」
ポイと呼ばれるプラスチックの柄に薄い紙を張り付けた掬い枠。
あれで泳ぎ回る魚をすくうのは完全に要領を得ているか、いないかの問題で金魚を好きかどうかは関係ないだろう。
「そう? あなた、最高記録って何匹だっけ?」
けど先輩はそんなことを気にする様子もない。
あたしは思い付くまま質問を投げる先輩との言葉のキャッチボールに参加させられた。
「制限時間とかならなくていいなら、1つのポイで100匹そこそこですけど……」
うろ覚えの自己記録を答え、ふるふると首を振る。
「本当に上手い人はもっといっぱいすくえますよ」
すると、先輩は一旦「ふーん」と言って唇を結んだが、またすぐに口を開いた。
「でも、金魚が好きなのはホントでしょ? 今だって家にいっぱい金魚飼ってるんじゃないの?」
これにはあたしも首を振れず、コクリと頷き――
「けど、50匹くらいですよ。それも種類だって和金とか小赤だし!」
――焼け石に水程度の言い訳を添える。
そんなあたしを見る先輩の目は、もうお腹いっぱいとでも言いたげだ。
「50匹……そんなにいっぱい飼ってるのに、まだ外でも見たいもの? まさか、捕まえる気?」
「いや、流石に養殖場から逃げ出した『下水道』の金魚まで捕まえようとか考えませんって!」
あえて『下水道』というワードに力を込めた反論。
しかし、先輩はあたしの口調、語気の強さなど気にする様子もない。
「そっか。てっきり、かき揚げとかにして食べる気なのかと思った」
ぼそりと呟く先輩に、あたしはぎゃんっ! と吠えた。
「そんな訳ないじゃないですかっ! 金魚は観賞魚なんですからっ!」
大和路水路の金魚たち 奈名瀬 @nanase-tomoya
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