第14話 涙

「あっが……があ……」


 口から漏れる声なき声。同じ種族たちにさえも言葉は通じない。苦しい……悲しい。けどそれ以上に溢れ出る怒りを抑えられない。視界は真っ赤に染まってる。けど少しづつ自分というものが戻ってきてる。

 けど体は勝手に動く。目に入った生き物を何でも襲う。それを止めることはできない。怒りという思いが体に蔓延して体を支配してる感じ。そして周りに何もいなくなると……同じ姿の同胞に出会う。

 向こうも怒りに支配されてる。お互いに雄叫びをあげあい、手に持つ武器を振り上げる。


(やめろ……)


 地面を蹴って互いに近づいていく。真っ赤な視界には、もう同胞という獲物しか見えてない。互いに食い合うことに疑いなんてない勢い。この身の怒りはなんだったのか、この怒り自身がわかってない。だからこそ怒り……憤怒という感情。


(やめてくれえええええええ!!)


 そんな自分の叫びも虚しく、互いの武器がぶつかり合う。



 すでに数体の中級サイズゴブリンを倒して、そして新たに二体の中級サイズゴブリンを視界に捉えた。いつでも襲える態勢を整える。ここまででわかったことがある。どうやら森の動物たちがこの改造ゴブリン達を恐れて、どこかへ引っ込んでしまってるようだということ。

 そして獲物がいないゴブリン達は互いに殺しあってるということだ。目の前の二体も同じ、同胞同士で殺しあってる。実際どっちかが倒れてしまうのを待つのも手だ。一体が倒れてもう一体も消耗したところを叩く−−とても卑怯だけど、確実で安全に行くならそれがいい。

 それに街からの冒険者の援軍も少しは待たないといけないし……でも騎士達を見殺しにするってことはしたくはない。こんなことになったのはあいつらのせいだが、奴らには黒幕とか吐いてもらう必要性ある。

 領主……は、直接騎士に指示は出せないからな。騎士は国の軍隊。一領主はその領に領軍を持ってるはずなんだ。だからあの騎士達はもっと別の、国の偉い誰かの指示のはず。それを知りたい。

 どうせ何もできないけど、知ってると知ってないとでは気の持ちようが違うだろう。まあ怪我ぐらいはしといてくれていいけどな。


「哀れなものだな」


 理性を失ったゴブリン同士の戦いを見てデンドさんがそう言った。確かにそうだ……人の手で怒りと悲しみに支配させられて、そして同胞同士で殺し合う。これを哀れと言わずしてなんというのか。

 その怒りは一体どこに向かってたのか……それすらもゴプリンたちは忘れてる。


「どうする? 一思いにやるのも奴らのためだと思うがな。それに常に時間に余裕は持っておきたい」

「確かにそうですね」


 実際、街からの援軍はおおよその時間しかわかんないし、まだ残ってるゴブリンは結構いる。この二体の戦いを最後まで見てるわけにもいかないかもしれない。この二体が最後なら待ってても良かったんだけど、そうじゃない。

 それにあんな涙流して戦ってる姿なんか見たく……


「あのゴブリン……泣いてないですか?」


 真っ赤になった瞳から溢れる雫。自我を失ってるはずのゴブリンの一体がそんな雫を流してる。見間違いかと思ったけどどうやらそうではないようだ。


「確かに泣いてるな」

「自我が……戻ってる?」

「けどそれなら止まるはずでは?」


 ドラゴにメルル、そしてメドさんがそう言った。確かに自我があるのならこんな戦い止めるだろう。仲間を殺すくらいなら……と考えてもおかしくない。いや、ゴブリンにそこまでの知性があるのかは知らないけど。

 でも涙を流してても結局は止まってないところを見るに、自我があるのかは疑わしいかもしれない。けど、無視できない気もする。もしかしたら元に戻れたり? けど元に戻っても結局はゴブリンなんだよな。

 どうやっても結局自分たちとゴブリンは敵同士……そこは変わりはしない。けどあの涙を見てしまうとこのままでいいなんても思えない。だから自分はわがままを言う。


「あのゴブリンを助けたいんですけど、いいですか?」


 ドラゴとメルルは自分をよく知ってるから、何も言わない。けど、メドさんやスーメランさんは違う。でもなぜかデンドさんはこう言ってくれた。


「面白い。やってみてもいいかもな」


 その言葉で決まった。メドさんもスーメランさんもデンドさんの言葉を受け入れてくれる。助けよう……あのゴブリンを。

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