〈36〉こんなのって……

 翌朝、研究室の円卓に六人が揃い、ミーティングが始まる。


「昨日博士に話して、脳波測定の件、明日の夜、僕とまなみんで立ち会うことになった」


「わかった。デック、演算サーバーとメディアカードは大丈夫だな?」


「今日中に来る。そのあたりに機器を搬入するから場所空けておいてくれ。っていうか大学ここって手続き煩雑はんざつだよな?」


「最新鋭の研究施設のわりにはいろいろと古臭いんだよね。おじいちゃんが来たがらない気持ちもわかるわ」


「ヘッドセットのソフトのインストールは問題なかったのかしら?」


「……大丈夫……起動も……チェック……済み」


 全員で段取りを確認する。


「だが一度やると決めたら気持ち的に盛り上がるもんだな。ドキドキしてきたぜ」


 昨日と打って変わって良助はやる気になっていた。


「あたしも。おじいちゃんに感謝だわ」


「本当だよ。僕だったら自分の過去なんて絶対見られたくないもん」


「お前本当にいい性格してんな! 言い出したの誰だよ?」


「そーよ! そーいうこと言うからあんたは人の心がわからないって言われんのよ!」


 良助と真奈美が即座に突っ込みを入れる。


「ん? 博士の記憶映像の容量、どの程度なのかわかってるのか?」


 ヘッドセットを確認していた玲が良助に目を移した。


「ああ。涼音が試算してくれた。サンプル動画の画質と博士の年齢で最大値を見積もってメディアカードを準備している」


「抽出にかかる時間は?」


「……約……45分」


「えっ? 早くない?」

 驚いた雅也が聞き返す。


「……ただ……許可範囲の……切り分け……1時間くらい……」


「ああ、そういうこと。じゃあその間に休憩をはさむとして、都合2時間くらいだね」


 うなずきながら端末で修正し、タイムテーブルを共有する。受け取った真奈美が確認するように言った。


「夜の8時からスタートで、10時までかかる感じね。みんなはどうすんの?」


「もちろん最後までいるぜ。機材を持って帰る必要があるしな。データ抽出の間、邪魔にならねーように待機してるから、なんかあったら呼んでくれ」


「ありがとう」


「あまり博士に負担がかからないよう、頼むぞ」


 立ち上がりながら玲が言った。



 ◆◇◆



 涼音と良助にセッティングを任せ、カフェテリアで飲み物を手にして席につく四人。この時間はいつも通り混雑していた。


「実際にやってみると想定外のことがあるものね」


 一息ついた真奈美がそれとなくこぼす。


「涼音ちゃんと良助に任せておけば大丈夫よ」


 隣に座った霞がコーヒーを口に運びながら答えた。


「……みんな、ありがとう」


 二人の言葉に押されるかのように、雅也が言った。


「ん? どうした?」

 横に座る玲がいぶかしがる。


「……甘かったよ」


 テーブルに置いたコーヒーに目を落とし、雅也が続けた。


「なにが?」

 真奈美も少し驚いた表情。


「見通し。もっと簡単に、僕一人でもできるかなって、思ってた」


「うぬぼれ屋めが」


 低い声で言いながら玲がへらっと笑った。


「いや、本当にそうだった。チームとか考えてなかった。基本的なこと、全然考えてなかった」


「なによあんた、えらい殊勝じゃないの。何か変なものでも食べた?」


「昨日玲が言った意味、今になってやっとわかったんだ」


「『なんでお前がリーダー面してんだよ?』って思ってたろ?」


「うん」


 臆面もなく答える。


「わはははっ、わかりやすい奴!」


 真奈美が声を出して笑った。


「本当に思い上がってたと思う。今にして思えば赤面の極みなんだけどさ」


「あら、一人で突っ走ってもよかったと思うわよ?」


 当てつけのように霞が言った。


「あ……いや、霞さん、それは……」



 ◆◇◆



 翌日の夜、準備を終えたメンバーは演算サーバーをタクシーの荷台に押し込み、博士の自宅に向かう。前を走るタクシーは霞と良助だけではなかった。


「涼音ちゃん、今日はこっちでいいの?」


「……うん……まなみん……いないもの」


「あ、そうよね。男の子二人のタクシーよりはこっちの方がいいか」


「しっかしまなみん、本当におじいちゃん子だよな? 久しぶりに二人でご飯って、とっとと先に帰っちまいやがって」


「孝行娘じゃない。あなたも親は大事にしなさいよ」


 しかし、そう口にした霞の心に何か引っかかるものがあった。


(なんだろう、遠くから誰かに見られているような、この感じ……)



 ◆◇◆



『いいですよ。始めてください』


 部屋の中から博士が告げた。


「わかりました。デック、始めてくれ」


「了解」


 二階からの指示を受け、良助がサーバーの演算スイッチを入れる。回転数をあげるファンの音が響き始めた。


「始まったわね」

「ああ……」

「…………」

「…………」


 四人がソファに座ったまま、しばらく目の前のサーバーを見つめていたとき、


 ――バンッ!


 突然、大きな破裂音が響くとともに家の中が真っ暗になった。


「うわっ、なんだ?」


「まさか電源落ちたの?」


 良助と霞の声の中、玲が端末のライトであたりを照らす。


「ブレーカーはどこだ? ここか」


 玲がスイッチを立ち上げると、部屋に再び明かりが戻った。


「お前ら、電力量計算してなかったのか?」


「……家庭用電源で……余裕の……はず」


 玲に対し、涼音が動じずに答える。


「た、確かにオレらの研究室も通常電源しかねーし、しかも他のコンピューターや端末も電源入りまくってたぞ?」


 良助が涼音をかばうように言った。


「しかし現に落ちたぞ? ほかにどこかで電気使ってるか? あっ! まさか……」


 思い出した玲は応接間のドアを開けた。


「忘れていた、あそこだ!」


「なんだ? どういうことだ?」


「この家、電気を使いまくってるんだよ、こっちだ」


 玲が三人を植物の部屋に案内する。


「……わぁ……綺麗……」


「これって、全部リアル植物よね?」


 みずみずしい光景とフレッシュな空気に包まれ、涼音と霞が驚きの声をあげる。


「まなみんの趣味の部屋だ」


「マジか……」


 良助が声をあげたそのとき、


「まなみん!」


 二階から雅也の叫ぶ声が聞こえた。


(まさか! このタイミングで?)


 霞に嫌な予感が走る。



 急いで二階に駆け上がる四人。


 部屋の中には、座り込む真奈美と、そばに立ちつくす雅也だけ。


 博士は……いない。


「うそ……どうして? おじいちゃん……死んじゃったの?」


 真奈美の声は明らかに動揺していた。声同様、手紙を持つ手と肩を震わせていた。


「いったい、どういうことだ!?」


 玲の言葉がむなしく響く。誰も何も答えられなかった。



(こんな別れ方って………………ないですよ…………博士……)

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