〈33〉博士

 部屋の中に入ると、面接というよりもリラックスムードで椅子に座る博士がいた。


「どうぞ、そちらにおかけください」


「はい」


 仮に置かれた椅子を勧められ、向かい合って着席する。少し間をおいて、博士が切り出した。


「高橋霞さん、私の研究室で、何をされたいですか?」


「……タイムマシンの研究、です」


 一呼吸おいて答える。


「本当にそれでいいの?」


「はい」


「では、理由を聞かせてください」


 一瞬間をおいて、霞は話し始めた。


「未来を目指したいから。過去に戻るのではなく、未来に向かうタイムマシンを作り、再びあなたに会うために」


「…………」


 目を閉じて考え込む相手を前にしばらく沈黙が続くが、やがて博士は目を開いた。


「わかりました。ほかに何か質問はありますか?」


「博士、博士は以前『これからしばらくの将来のことはわかりますが、人の心を読む能力はありません』とおっしゃいました。ですが、博士にはほかにも特別な能力があるようにわたしには思えます。違いますか?」


「そうですか。それはおそらく――」


「はい」


「『亀の甲より年の功』ってやつです」


「……それだけ、ですか?」


「それだけですよ。人間、どれだけ能力があっても、経験しないとわからないことっていっぱいあります。逆に経験することで能力がなくても直感できることってあるんです」


 そう言うと博士は立ち上がり、窓の外を向いた。


「本当のことを言います。霞さん、あなたが今日ここで何を話すか、私は予知していなかった。これについては未来を見ようとはしなかった。だから、あなたに何を言われるか、さっきまでわからなかったんです」


「…………」


「未来から来たからといって、先のことが多少わかるからといって、すべてが自分の思い通りになるわけではない。決して万能ではないんです。仮にもし、世の中の全てをコントロールできる力、そんなものを手に入れることができてしまったら、逆にその人は相当『軽い人間』になってしまう。そうは思いませんか?」


「…………」


「私は思ったんです。もし私が霞さんの話を先読みし、それをコントロールしようとすれば、あなたはきっと反発するだろう。それはやめるべきだと。ひょっとしてあなたは研究に取り組みたくないかもしれない、真奈美とは関わりたくないかもしれない。でもそれはそれでしょうがない。もちろん私も言いたいことは言うでしょうけど、あなたの人生を決めるべきなのはあなた自身ですから」


「…………」


「ところが、あなたはタイムマシンを作りたい、と言ってくれた。私に会いに来たいと言ってくれた。ありがたいことですよ、本当に」


 話しながら自分に背を向ける博士が、霞には心なしか小さく見えた。


「……わたしは、まなみんを守るために、どうすればよい、ですか?」


「そうですね、自分自身の意志にしたがってください」


「それは……どういうことですか?」


「自分の思う通りに、自分の力を信じて、進んでください」


「…………」


「前回の質問の時に『六人全員合格するのかどうか』というものがありましたね?」


「はい」


「もし、霞さんが試験当日、自分の意志で会場に行かなければ、それだけで不合格になったはずです」


「だから『たぶん』だったのですか?」


「そうです。自分の意志で未来は変えられる。もちろん信じていましたけどね、私は」


 そう言って博士が振り返ると、再び椅子に座る。


「その例えの延長だと思って聞いてください。もしあなたが他の子たちに『将来タイムマシンはできるよ、未来の人間に会ったよ』って言ってしまったら、彼らは本気で作ろうとするでしょうか? 人は答えのある問題に挑戦するために生まれてくるわけではない。自らの意志でオリジナルを作り、オリジナルであることを証明しようと努力し、他人のできないことをしようとする、その過程のために生きているんです。間違いを繰り返しながら正解に近づいていく、その過程のために生きているんです。私が消えてしまうのは、彼らやあなたの熱意、行動に水を差さない、邪魔をしない、そういう意味もあるんだと思います。わかりますか?」


「はい」


「あなたが将来、未来に行って私に出会えたら、その言葉、今度は私に聞かせてください」


「……はい、必ず……」


「ありがとう。霞さん。そして、よろしくお願いします」


 博士は霞に頭を下げた。

 面接は10分を少し超えていた。



 ◆◇◆



 夕方自宅に戻った霞は京子と聡に博士とのやり取りを話す。気持ちを切りかえたのか、京子の表情は明るかった。


「そっか。そんなこと言われちゃ、私の話なんて切り出せないわよね」


「元から切り出すつもり、なかったけどね。けどよくわかんないんだよ」


「博士が未来から来た、ってところか?」


 聡がコーヒーカップを持ち上げながら言った。


「うん、そう。私にまなみんを守ってほしいっていうけど、未来から来た博士が私に干渉するってことは、その段階で本来の未来を否定するってことなんじゃないかな? 歴史を捻じ曲げに来ているんじゃないかな? って」


「最初は俺もそう思っていた。だが、そういった話とは違う気がする」


「なんで?」


「簡単な話であれば、未来人の博士にだって解決法はいくらでもあるだろう。他に『来訪者』がいる、ということが話を複雑にしているんじゃないか?」


「どういうこと?」


「博士はやはり、霞の意志を尊重しているように思えるんだよ。それはつまり、できるだけ穏便に歴史を推移させたいということなんじゃないか? 裏を返せば、逆に歴史を大きく変えたいとたくらむ他の『来訪者』がいるわけだよな?」


「そう、そうなんだよね。だけどさ、それなら未来の世界だけで終わらせてほしいわよ。ご先祖様を巻き込まないでほしいわー」


 冗談めかして霞が言った。


「けど木村博士って仮想世界を作った人なのよね? 未来人が技術を過去に提供したのだとしたら、それだけで未来はガラッと変わるんじゃないの?」


「あーもう、めちゃくちゃだよー」


 京子の言葉に霞が頭を抱える。


「で、これからどうするの?」


「何を?」


「あんた、任務に戻りたいって、言ってなかったっけ?」


「任務? 戻るよ。研究と並行しながら。まなみんを守らなきゃいけないからね」


 そう言って霞がコーヒーを飲み干す。


「あれ? 研究にも本気で取り組むんだ」


「うん。だって、今の『死に体』の組織うちにいたって、何もできないもん」


「あらあら。言ってくれるわね」


「それであらためてお願いがあるの」


「なぁに?」


「予定より早いんだけど、家を出ようと思っています」


「……そう」

「……そうか」


 京子と聡が同時に息をついた。


「親不孝者だな、って自分でも思ってる。だけど、自分の意志に従いたい。まなみんの近くにいないと守ってあげられないから。それで後悔したくないから」


「じゃあ真奈美ちゃんの家の近くの物件、手配しておくわ」


「ありがとう。お母さん」


「何言ってるの、それぐらい任せておきなさい」


 京子が笑顔で胸を張る。一方の聡はあきらめの表情。


「普通は霞くらいの年だと、友達のところばかりで、家に寄りつかないもんだしな……」


「そんな不良娘に育った覚えは……ないです」


「恋多き年頃だもんねー」


「だからそんなのないない……けどなんか、不思議なんだよ」


「ん?」

「何が?」


「今日気がついたんだけど、博士って、誰かに似てるんだよね」

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