(47)男の子の成長

 タクシーに大きな荷物を運びこむと、四人が乗り込んだ。


「ふー」

 玲が汗をぬぐう。


「大丈夫?」


 真奈美が前の座席から振り向いて聞いた。


「僕は大丈夫だけど……」

「雅也は馬力あるからな」


「ところでちょっと調べてみたんだけどさ、セキュリティチームなんて組織、見つかんないんだよね」


 二人の様子を見た真奈美が切り出した。


「何?」

「じゃあさっきの人達は誰なの?」


「そこまではわかんないけどさ。だいたいなんで涼音の情報がれてるのよ?」


「盗聴器を仕掛けた犯人と同じ組織ってことかな?」


「そう考えるのが自然だがな。『境井先生』とか言っていたということは大学教授が中心人物なのかもしれん。博士と敵対する派閥があったんじゃないのか?」


 答えた玲が真奈美を見た。


「じゃあさ、奴らが狙ってたのは『涼音の視覚記憶』だったってこと?」


「いや、それは違う気がする。デックの話にあっさり応じたところを見ると、他に狙いがあるんじゃないか?」


「例えば?」


「それはわからんが。ただ、あまりに動きがあわただしすぎる。警察が来たあとでそんな急に動けるものか?」


「それもそうだね。ということは別組織という可能性もあるのかな?」


「いったいどっちなのよ……」


 真奈美がまゆをひそめる。


「そのあたりは警察とデックが聞き出してくれるんじゃないか?」


 玲の言葉に涼音がうつむく。そのタイミングで雅也が思いついたように言った。


「それより今のうちに確認したいんだけどさ、昨日の涼音ちゃんの記憶、つまり事実なんだと思うけど、要は『僕と玲がホロになってた』ってことだよね?」


「……うん」


「つまり僕らのデータは、すでにスカンディナビアに蓄積されているってことだよね?」


「……うん」


「それって、人工知能システムに『僕らの行動パターンが読まれる』ってことにつながるかな?」


「……つながらない」


 涼音はきっぱりと答えた。


「どうしてそう思う?」


「……今の……雅也くんと……玲くん……全然……違う……クラスに……いた時と」


「そうなの?」


「……二人だけ……突然……成長……してたの……昔から」


「それってどのタイミングで?」


「……1年に……一回……年度……替わりで」


「つまりどういうこと?」


「……1年ごとの……アップデート……記憶は……あるけど……歴史は……ない」


 涼音が答えたそのとき、玲の端末が鳴った。


「もしもし、霞?」


『今警察署にいるんだけど、相当深刻。犯人、かなり強力な催眠をかけられてたみたいなの。まだほとんど情報が特定できてない』


「黒幕がいる、ということか?」


『そうかもしれない。あと、盗聴器が仕掛けられたのは、今朝だったの』


「やはり、そうか」


『え? 知ってたの?』


「ああ、涼音が後からコンセントの場所の違和感を思い出したんだ」


『そうなんだ。わたし、もう少しここを離れられないから、そっち、お願いね』


「わかった」


 霞との連絡を切ると、再び玲の端末が鳴った。


「もしもし? デックか?」


『お前らどこにいるんだ?』


「すまん、緊急避難中。まなみんの家に向かってる」


『あ、そういうこと? 了解。オレもすぐにそっち行くから』


「わかった」


 玲が連絡を切ると、真奈美が前の座席から振り向いた。


「無事みたいね」


「ああ。あいつ、何気にすごいよな」



 ◆◇◆



 真奈美の自宅の応接間に玲と雅也がサーバーを運び込む。


「一日に二回はこたえるな」


 そう言って膝に手を突く雅也を真奈美が笑った。


「なにおっさんくさいこと言ってんのよ。すぐに演算にかかるよ! 涼音」


「……了解……再開します」


 再びファンの音が鳴り響き始める。


「……電源……大丈夫……かな?」


 涼音が玲の顔色をうかがった。


「ああ、そうだな。まなみん、この家全体の電力量、上げられるか?」


「オッケー! ちょっと待ってて」


 そう答え、真奈美が奥に引っ込んだ。それと同時に、


「あ、僕、プログラミング用のワークステーションを家から持ってくるから」


 そう言って雅也が外に出た。


 涼音と二人、応接間に取り残された玲がソファでこれまでの考えをまとめようとしたとき、


 ――ピンポーン


 呼び鈴が鳴った。

 すぐに涼音がインターホンを取る。


「……はい……うん」


 インターホンを戻すと、涼音は玄関に走って行った。



(ん?)


 応接間で一人になった玲は真奈美がなかなか戻ってこないことに気づいた。


 ―― それと、わたしが戻るまで、まなみんからは離れないで ――


 霞の言葉が気になり、嫌な予感が走った。玲はすぐに立ち上がると、すぐに奥の間に向かった。



 ◆◇◆



「まなみん!」


「こっちよ! 助けて!」


 あわてて植物の部屋に玲が入ると、


「よかった! あたし背低いから、スイッチに手が届かないのよ」


 中には椅子に乗って奮闘している真奈美がいた。


 内心ホッとしながら真奈美と入れ替わる玲。


「そっちの左側のスイッチを回して。最大まで」


「これか? わかった」

「サンキュー」


 玲が椅子から降りようとしたとき、


「玲ちゃん、ちょっと聞きたいんだけどさ」


「ん? なんだ?」


「あんた、いつからかすみんのこと、霞って呼ぶようになったの?」


「ん? いつだったっけなー」


「かすみんがあんたのことを玲って呼ぶようになったのと、同じ時期だっけ?」


「まあ、そうだな」


「あたしに振られたからって、すぐにかすみんに行くなんて、あんた意外とやり手よね?」


「いや、そういうつもりは……ん?」


 玲の脳裏をとある言葉がよぎった。


 ――世界を変えることはできますか?


(いや……まさか……)

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