(42)霞の考察

「でもよ、博士の件の前に一つ気になることができちまった」


 連絡を済ませた後、良助が言った。


「なんだ?」


「なぜ涼音は5年間、同じクラスの生徒に実体がないことに気づかなかったのか? なぜ玲と雅也の行動データが一年でホロ用に作りかえられたのか? ってことだ」


「なるほど」


「涼音ちゃん、心当たり、ある?」


「……みんなは……クラスメイトが……ダミーだって……気づいていた……の?」


「そりゃあ、まあ、なんとなくな。違和感あったし、もともと噂になってたしな。玲も本当に気づいてなかったのか?」


「ああ。長いこと知らなかった。テストで0点取って、立証するまで」


 その言葉を聞いた霞が突然顔を上げた。


「わかったわ! 簡単なことよ。玲と雅也くん、涼音ちゃんは、あまりに短期間に成長しすぎちゃったの。言わば、変人」


「「「……え?」」」


「学力平均や成長スピードが似通った生徒ばかりのクラスだと、意外と気づきにくいらしいのよ。クラスメイトのダミーって。だけど、良助とかわたしくらいの子供がクラスにいると、教室に設定されるダミーの行動にブレが生じて会話がちぐはぐになるから、違和感が出る。模範生を演じるはずなのに、明らかに浮いた存在になってしまう。だから、話すとボロが出るの」


「あ、それ、確かにわかる気がするな。とびぬけて変な奴がいねーと自然調和というか、全体的に行動パターンが似てくるからな。つまらねーけど」


「ところがさらに成長スピードが速まって、玲や涼音ちゃんレベルになってくると、他人の事に興味がなくなってくる。本人が自分のことを『違和感のある存在』だと自覚しているというか、周りのことが気にならなくなってくると思うの。しかも他に生徒がいない・・・・・・・・、となれば、ダミー設定にもばらつきが必要ないし、会話レベルも幅広くとれるから、違和感がなくなる」


「なんだそりゃ?」


「さっき涼音ちゃんが玲と雅也くんのダミーのことを凄いって言っていたじゃない? それはきっと、涼音ちゃんにふさわしい授業がなくなってしまったがための強硬手段だったと思うのよ。スカンディナビアがほかにふさわしい人格を用意することができなかったの。玲と雅也くんの時だってほぼそれに近い状態だったということは、自分のことはさておき、まさか『周りのほうが異端な存在だった』なんて、思いもしなかった。そうじゃない?」


「……そう……だな」

「……そう……かも」


「お前らに当てはまるんなら、雅也もそうなんだろうな……」


 良助が言うと、そのままみんな黙った。



「そうだ、涼音ちゃんにもう一つ聞きたいことがあったの。どうしてタイムマシンにこだわるのかしら?」


「……おばあちゃんに……会いに行く……ため」


「おばあちゃん?」


 聞き返す霞にこくりとうなずき、涼音が続けた。


「……昔……いっぱい……遊んで……くれたの」


「そうなんだ」


「……いろんなことを……教えて……くれたの」


「どんなこと?」


「……もしも……地球より……大きな時計を……作ったら……どうなるか?」


「そこでもしもシリーズかよ!」

「どうなるんだ?」


「……修理が……大変に……なる」


「の前に誰がそんな時計見るんだ!」


 思わず良助がつっこんだが、玲は何も言わなかった。


「それでおばあちゃん、どうなったの?」


「……行方……不明……なの」


「「「は?」」」


「……突然……いなく……なったの」


「ならこの動画、何かの手がかりになるんじゃないか?」


「でもよ、さっきの動画の中にはそれらしきシーンはなかったぜ?」


 玲に答えた良助に、涼音は首を振って意外なことを言った。


「……なぜか……見えないの」


 そしてもう一度動画を再生する。


 画面の中には先ほど同様、時計を修理する涼音の父がいた。その父が顔を上げ、ふと振り向いた拍子に、涼音の視野もそちらに動く。


「……ここ……おばあちゃんが……話してる」


「どこだ?」


 良助が目を凝らすが、モニターには自宅の空間の向こうに白い壁が見えるだけで、誰もいない。


「……私の……記憶には……あるけど……映って……ない」


 確かに涼音の父も誰かと話しているように見えるが、その先には空間が広がっているだけだ。すっぽりと一人、抜けているように思える。


「どういうことだ? 記憶かソフトに不備があったということか?」


「……わからない」


 涼音が再び首を振った。


「でもよー、行方不明ってことは、警察に届けてるんだよな?」


「あ! ちょっと待って。調べるから」


 良助の言葉に、霞が自分のコンピューターを立ち上げはじめた。


「調べるって、何をだ?」


「本当に失踪事件なら、あなたの言うとおり警察組織の公表しているリストに載ってるはずよ。涼音ちゃん、おばあちゃんの名前は?」


「……初音はつね

「わかった。ちょっと待ってて」


 そう言って霞が検索した情報に、確かにその名前があった。


【大岡初音:2040年4月1日より行方不明】


「これね…………って、おかしくない!」


「なんだ?」


 急に声が大きくなった霞に良助がびっくりした。


「だって、時期的に涼音とかぶってないわよ? 今年2057年よ? さっきの動画だって2050年だったじゃない。それより10年も前の話じゃない」


「ってことは人違いなんじゃねーの?」


「うーん、そうなるとほかには見当たらないわね」


 良助に答えながらモニターを見つめる霞。


「そのリストに博士は入ってないか?」


 おもむろに玲が言った。


「ん? どーいうことだ?」


「あ……いや、なんでもない。博士がもし同様に『消えた』んだとしたら、って少し思っただけだ。忘れてくれ」


 答えながら玲がかぶりをふる。


「いえ、待って。調べてみるわ。博士ってわたしたちにとっては身近な存在だったけど、実は歴史上の偉人じゃない? そういう人の個人情報って、端末経由で大学システムにつながっているから、いつどこで何が起きたか、すぐにわかるはず」


「は? プライバシーとかねーの?」


「それがね、わたしも大学で調べててわかったんだけど、アシュレイのデータベースってリアルタイムで情報を拾うから、調べようと思えば個人が割と簡単に特定できてしまうというか……あれ?」


「どうした?」

 玲が駆け寄る。


「博士の経歴がでてきたんだけど、その結果が――」


【木村 敦:2040年4月1日より行方不明】


「どういうことだ?」

「……おばあちゃんと……同じ……日?」


「意味わかんねー! このデータベース、バグってんじゃねーのか?」


「わからない。だけど実際、博士の経歴も実績もこの日以降途切れているの」


「じゃあオレらの前にいた博士は世間一般では『行方不明』の状態で生活してたって事か?」


「そうなるわね。このデータ、確実に本人だもの。ただ、この日に失踪したのは博士と涼音のおばあちゃんの他にはいないようだけど、いったい、どういうことなのかしら?」


 その言葉に答えられる者は誰もいなかった。


 しばらく沈黙が続いた後、良助が顔を上げる。


「玲よ、これ、まなみんに見せるのか?」


「いや、それはやめておこう。今のまなみんに不用意にショックを与えるようなことは……だが……」


 そこまで言って玲が黙った。


「……ひょっとして、まなみんの記憶を引き出そうと考えてる?」


 霞の言葉に玲は笑って首を振る。


「さすがにこれはエラーだろう。涼音の件といい、整合性がとれない」


 そのとき突然、玲の端末が鳴った。


「雅也か? そっちはどうだ?」

『まなみんは大丈夫。そっちは今、研究室?』


「ああ。警察から連絡来なかったか?」

『いや、誰も何も来てないよ。とりあえず僕ら二人で今からそっちに向かうから』


「わかった」


 玲は連絡を切ると、霞に目を向けて言った。


「このリスト情報、加工できないか? とりあえず失踪の日付だけ消せればいい」


「わかったわ。やってみる」


 霞がそう答えたとき、空はすでに明るくなっていた。



 ◆◇◆



 雅也と真奈美が研究室に到着し、全員がそろったところで、霞が失踪リストの情報を二人に見せる。


「行方不明か。死亡じゃないんだね」

「それだけでもうれしい……ありがとう」


「次はこっちだ」


 良助が涼音の机に二人をうながした。


「これが涼音の過去の記憶だ」

 そう言って涼音の動画を見せる。


「「…………」」


「どうだ? 涼音が無実を証明してくれたわけだが。この記憶の中に俺たちがいた、というおまけつきだが」


 後ろから玲が言った。


「僕、プライバシーというものを甘く見てた……」

「これからはもう、なにが起きても驚かないわ。ただ、みんなにお願いがあるの」


「ん?」


 良助が真奈美の顔を見上げる。


「あたし、昨日一晩ずっと泣いてた。これからのことなんて考えられなかった。あたしにはおじいちゃんしかいなかったから。でもね、今にして思えば。おじいちゃんは絶対、このことを予期してたんだと思う。絶対なにか理由があるはずなの。その謎を解きなさいって事なんだと思う。本当はみんなを巻き込んじゃって悪いと思ってる。だけどお願い、あたしに力を貸してください」


 そう言って頭を下げた。



 涼音が立ち上がり、真奈美に歩み寄る。


 そして、手を握った。


 雅也もその手を握る。

 霞も握る。

 玲も握る。

 良助も握った。


「みんな……ありがとう……」


 真奈美の目に、涙が光った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る