(36)2057年4月5日20時00分

 翌日の夜、博士の部屋でセッティングを終えると、ケーブルとつながったヘッドセットが予定通りソフトを起動した。


「博士、僕らどうしましょうか?」


「部屋の外で待っていてもらえますか? ヘッドセットをかぶっている姿を見られるのはあまり気持ちのいいものじゃない」


「わかりました、何かあったら声かけてください」


 ヘッドセットを博士にあずけ、真奈美とともに外に出ると、ケーブルを傷つけないようにドアを閉める。


 しばらくすると、部屋の中から博士の声が聞こえた。


『いいですよ。始めてください』


「わかりました。デック、始めてくれ」


「了解」


 良助の声に続いてサーバーの演算が起動し、回転数をあげるファンの音が響き始めた。


(始まった)


 真奈美と二人、ドアの外でケーブルに接触しないように座り込む。


 妙な緊張感があたりを包んだ。


 ふと目をやると、うつむく真奈美の表情が硬い。何かにおびえているようだ。


 雅也が声をかけようとしたとき、真奈美が小さく口を開いた。


「……雅也」

「何?」


「嫌な予感が……するの」

「えっ?」



 ――バンッ!



 ドアの隙間から閃光が走ると同時に床の振動と爆音が響いた。雅也はとっさに真奈美の頭を抱きしめながら倒れこんだ。そしてドアから離れるように廊下に転がる。そして目を開くと、電気が消え、あたりが暗闇に包まれていた。階下のサーバーの音も急速に小さくなっていく。


(な、なんだ!?)


 思わず立ち上がった時、下から良助たちの声が聞こえた。


「うわっ、なんだ?」

「まさか電源落ちたの?」

「ブレーカーはどこだ? ここか」


 玲の声の後、明かりが戻った。


(いや、博士の部屋で何かが爆発したような――博士の身に何か?)


 すぐに部屋の中に飛び込もうと思ったが、真奈美がじっと自分を見つめていたのに気づき、


「大丈夫、ブレーカーが落ちたみたいだ。博士に報告してくる」


 そう言ってドアをノックして部屋の中に入った。


「失礼します。博士、すみません、ブレーカーが落ち……あれ?」



 博士の姿が見当たらない。



 彼が座っていたはずの席の横に、長いケーブルだけが転がっている。それ以外は何も変わらないままだった。ただ、そこにいるはずの博士とヘッドセットだけが見当たらない。


「……どういうことだ? 熱っ!」


 しゃがみ込み、ケーブルの先を手に取ると、高温を感じ、雅也はあわてて手を引っ込めた。


(なんだ? 何が起きた? 博士は?)


 ふと顔を上げると、真奈美は机の上を見つめていた。


 そこには一通の便箋びんせんがあった。立ち上がった雅也が後からのぞき込むと、表には一言、「真奈美へ」と記されている。


 真奈美が恐る恐るその手紙を手に取り、中を開く。文面を読むその手は、震えていた。


「真奈美へ


 もし君がこの手紙を読んでいる、ということは、おそらく私はすでにこの世に存在していないのでしょう。それがなぜか、私にも説明できません。

 勘違いしないでほしいのは、決して君たちのせいではない、ということ。私は、自分の役目を終えたために消えるのです。そのこと自体は喜ばしいことです。ただ、今後この世界を担う君たちに、私は、何一つしてあげることができなかった。残念に思っています。だから君たちは、どうか、自分の信じる道を進んでほしい。後悔のないよう、やりきってほしい。そのことを君の口からみんなに伝えてほしい。きっと君のことを助けてくれるいい子たちだと私は信じています。

 

 真奈美 愛している

                            木村 敦」


 突然、真奈美がひざから崩れ落ちた。


「まなみん!」


「うそ……どうして? おじいちゃん……死んじゃったの?」


 肩を震わせる真奈美は明らかに動揺していた。


 一階から四人が駆け上がって来ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る