第21話 近年まれに見るツンデレ 霞さん

〈61〉アオザメとかすみん

 研究室で玲たち四人が円卓で会議を続けていたとき、


「えっ?」


 モニターを見ていた霞が声をあげた。


「どうした?」

 立ち上がった玲が近寄ってくる。


「ノバスコシアのロック箇所が増えてるの。しかも他のシステムにまで広がっているんだけど」


「地震との関連性は?」


「まったく関係なさそう。緊急避難的なアクセス禁止でもないみたい。地震より前からロックされ始めているから――」


「いつからだ?」


「それが……博士がいなくなったあの夜からなのよ」


「なに?」


「具体的な時間はばらばらだけど、最初のロックは博士がいなくなったあの晩。それからどんどん増えてきてる」


「ってことは、このままロックの箇所が増え続けたら、システム全体の機能が停止するってことか?」


 玲の背後から良助も聞いてくる。


「クリティカルな部分はまだみたいだけど、今後どうなるかわからないわね」


 答えながら霞はアシュレイのデータベースにアクセスした。


(この中で遮断されている範囲は……「過去の世界の地質変動と衛星からの撮影データ」そして「過去の人の遺伝子情報」……だけ? だけどこれって以前、わたしたちが保存した――)


 思わず振り返ったが、真奈美は雅也と研究室を出て行ったあとだった。



 ◆◇◆



 そのまま研究室の円卓で会議が続くが、さすがにみんな疲れてきた。


「勢いが落ちてきたな」


「いやー、終わりが見えねえアイデア出しはしんどいぜ」


 そう良助がこぼしたとき、


「ねえ、気分転換にみんなで歩かない?」


 一人モニターに向かっていた霞が提案した。


「あれ? かすみんもお疲れ?」


 ほおづえをついていた真奈美が振り返る。


「まあね。だけど発想に行き詰ったときは散歩するのがいいんだって。このまま研究室にこもってるよりはアイデアが出ると思うわよ」


 その霞の言葉に、玲がふと顔をあげた。


「おっそうだ、いいところがあるぞ」



 そう言って玲が全員を連れてきたのは、大学の植物園だった。


「玲ちゃん、よく覚えてたね~」

「まあな」


「ここどこ? 僕、知らないんだけど」


「知らなくて当然よ。どうせあんた興味ないでしょ?」


「そんなことないよ!」


 雅也がむくれる。


「構内にこんなところがあったのね。知らなかったわ」


「そうなの、動物園も水族館もあるのよ」


 真奈美が霞と話している間に玲が雅也に耳打ちした。


「お前、まなみんと二人で植物園、行って来いよ」


「えっ、いいの?」


「むしろ頼む」


「ん? なになに?」


 振り返った真奈美に玲が素知らぬ顔で返す。


「雅也が植物園に行ってみたいんだとさ。俺らは別のとこ見てくるから、案内してやれよ」


「いいわよ」


 真奈美が雅也と植物園の中に消えて行くのを見届けると、玲は振り向いて言った。


「涼音、動物園と水族館、どっちがいい?」


「……動物園!」


「わかった。デック、涼音を連れて行ってやってくれないか?」


「え? ああ、いいぜ」


 良助が涼音の手を引いて動物園に向かう。



「じゃ、俺たちも行こうか」


 二人きりになった玲と霞は水族館に向かった。



 ◆◇◆



「すてき……」


 大水槽のマリンブルーのグラデーションに霞は目を輝かせた。

 小さな魚にまぎれて、大きなアオザメがゆったりと泳いでいる。


 そのサメを見る霞を、玲は後ろから黙って見つめていた。


「ありがとう、玲」


「ん?」


「わたし、勘違いしてた」


「気にするな」


「…………」


 先を言いそびれた霞の目が大きな魚影を追い続ける。


 玲は黙っていた。


「……どうして…………何も言わないの?」


 沈黙に耐えられなくなったのは霞だった。


「何も言わなくても、いいじゃない」


 意外な言葉に思わず振り返る。だが彼の余裕の表情にあわてて水槽に目を向け直した。


「お、男の子って、不思議ね」


 ウイスパーヴォイスがめずらしく裏返っていた。


「何が?」


「……ちょっと前まで子供だと思ってたら、いつの間にか追い越して、遠いところまで行っちゃうんだもの」


 霞が本心を吐き出す。西崎も良助もそうだった。雅也も玲も、あっという間に精神的に追いついてきた。いや、本当はもともと自分は彼らには届いていなかったのだろう。自分はただ、彼らと比べて多くの事を知っているにすぎなかった。そしてそのことに霞は罪悪感を抱えていた。しかしそれを言わなくても彼らはあっという間に真実に近づこうとしている。無能な自分を彼らが追い抜いて行ってしまいそうで、霞はますますやるせなくなっていた。


「行かないよ」


「え?」


「遠くには、行かない」


「…………」


「ずっと、一緒にいる」


「…………」


「……霞と」


「…………ばか」


「え?」


「だからそういうの、やめてよ!」


 霞は振り返ると、玲の胸に飛び込み、静かに泣いて、言った。


「あなたみたいな…………弱い子に頼られたって…………うれしくなんか…………ないんだから……」


「…………」


 玲が黙って霞の肩を抱く。


「知らないから…………どうなっても…………」


「……ああ」


 霞は泣き続けた。

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