第12話 Xデー

〈34〉霞さんって、大人ですね

 研究員として木村敦研究所に入所した6人が白衣を着て大学の研究室に集まる。玲と雅也の2チームに分かれた後、雅也のテーブルを中心に、真奈美と霞がモニターに向かい合っていた。


「まなみん、ちょっと相談なんだけど」


 しばらく考え込んでいた雅也が口を開いた。


「なぁに?」


「まなみんの言ってた話って、再現できないかな、と思って」


「なんの話?」


「ほら『空間移動の疑似体験』の人の脳波から過去の映像を取り出す、ってやつ」


「あんたさ、いったい誰の脳から取り出すつもりなのよ」


「それなんだけど、博士にお願いできないかな?」


「「えっ?」」


 そばで聞いていた霞も思わず声をあげた。


(雅也くん、本気なの?)


 霞の気持ちをくんだように、微妙な空気があたりを包む。


「そりゃ物理的には可能かもしれないけど、それこそプライバシーの問題が――」


 真奈美が言いかけたとき、


「そこで本人の許可を得られるかってことなんだ。博士ならきちんと説明したら同意してくれるんじゃないかな? と思って」


「そんなの同意するわけないでしょ‼ って言いきれないのがおじいちゃんなんだけどさ……」


 自信なさそうに真奈美がほおづえをつく。


「とりあえず、僕は今から大学病院に行って、脳波から記憶を取り出す研究がどこまで進んでいるか、確認してこようと思う」


「ちょっと待って、過去の映像だけなら探せばここのライブラリにありそうじゃない? というか、前から疑問だったんだけど人間の記憶ってそんなにあてになるのかしら?」


 ためらいながら霞が口に出した。


「それを知っておきたいんですよ。それに人間の思考って視野に表れるから、博士の視覚記憶から思考を研究できればと思って――」


「と、とりあえず、みんなで相談しましょうよ(できれば食い止めたい)」


 そう言って霞は立ち上がると、玲に歩み寄った。



 ◆◇◆



 みんなで円卓に集まる中、雅也が自分の考えを説明した。タイムマシンの可能性をより具体的にイメージするためには、実際にそれを体験することが必要ではないか? それに自分たちがここで研究を始めるにあたって、博士の知識や経験は間違いなく必要であり、それを提供する義務が博士にはあるのではないか――


「――というわけなんだけど」


「相変わらずぶっ飛んでんな、お前」


 熱っぽく語る雅也に、玲が思わずため息をついた。


「マッドサイエンティストってやつか?」


 良助も何とも言えない表情。


「そんなに変、かな?」


 雅也が涼音に視線を向ける。


「……興味は……ある……けど……」


「下世話な話、いきなり濡れ場とか出てきたらどうすんだよ?」


 あけすけに良助が言った。


「それはもちろんご本人に許可をもらえる部分しか見ないってことで。研究としての意味はないかな? それに大学病院でやってるなら、どのレベルなのか、知っておきたいじゃない?」


「そりゃ、確かにそうなんだけどさ……」


 真奈美が口ごもる。


「博士にお願いしたいと考えたのは、ほかにも理由があるんだ。以前博士が言ってた仮想世界の話で、コミュニケーションの中で互いの共通部分を脳波でつないで共感につなげるっていうのがあったんだけど、それってつまり、脳の記憶を人工知能にさらけ出しているってことなんじゃないかって思うんだよ。だから記憶の映像化が仮想世界で実用化されていてもおかしくないんじゃないかなって、そして博士ならそのあたりを知っているんじゃないかって考えたんだ」


 一同、沈黙。


「わかった。じゃあ、こうしよう。雅也は予定通り大学病院で実際にそういった研究がなされているか、サンプルなどあるか確認してきてくれないか? 霞さんと一緒に」


 玲が目をつぶったまま指示を出す。


「わかったわ」


 霞が答えると、玲は目を開いて言った。


「その間に俺はまなみんと博士にうかがいを立てに行く」


「なんで? そっちも僕が行くよ」


「こういう時はチームで意思統一して行動だ」


「だけど僕がやりたいって手をあげたんだから、まずは僕が行くのが筋だろ?」


「いや、チームとしての行動が大事だ。俺とまなみんが行って、それでダメならお前が行けばいいだろ? 俺だってそのあたりまじめに博士と話すつもりだ。信じろ」


「……わかったよ。なんか納得いかないけどさ」


 若干険悪な雰囲気が尾を引く。


「えーっと、オレは?」


 良助が二人のにらみ合いを断ち切ったとき、涼音が顔をあげた。


「……私を……手伝って」

「あ、はい」



 ◆◇◆



 後部座席に霞と雅也が座ると、タクシーが走り出した。


「僕、まだ大学病院行ったことないんですよ」


 嬉々として話す雅也。しかし霞は胸の内の不安を告げずにはいられなかった。


「そうなんだ。でもそれより、大切なことがあるんじゃないかしら?」


「えっ、なんですか?」


 雅也が霞の方を向く。


「このままだと、わたしたちのチーム、分裂するかもね」


「…………」


 感じていた本心が思わず口をついて出た。彼が理解できているのか不安に思いつつも、前を見据えたまま続ける。


「玲くんは本気よ。本気で博士のところに行った。雅也くんの覚悟を感じたから、自分のことを投げ出して行ったの。その意味はわかる?」


「……いえ」


「何があなたを衝き動かしているのかわからないけど、もしあなたが博士のところに行ったら、今後、誰もあなたを止められない。だけどそれじゃチームとして成立しない。玲くんはそう考えたんだと思うの」


 言葉を選びながら話す霞を雅也は黙って見ていた。


「でもあなたの力は、わたしたちには絶対に必要。わたしたちの成功はあなたにかかっている」


 雅也に顔を向けて言った。


「……霞さん」


 面と向かって言った雅也にうつむかれ、霞は視線を再び前に戻す。


「わたしには男の子のことはわからないけど、玲くんが博士の説得に行った気持ちはわかる気がする。ここがわたしたち全員の、今後の方向性を決める重要なポイントだと思った、そんな気がするの」


 雅也も前を向く。


「霞さんって、大人ですね。僕なんか、自分のことで精いっぱいで、周りを見る余裕なんて、ないですよ。玲のこと、僕が一番理解していると思っていたけど、勘違いだった」


「ちょっと前のめっているだけよ。本当はみんな、あなたにもこのチームを引っ張って行ってほしいと思っているから」


「なんでですか?」


 雅也はびっくりしてもう一度霞の方を見た。


「研究者と研究員の違いというか」


「その言葉の意味の違い、実は僕、よくわかってないんですけど」


「研究者っていうのは、博士のようなトップレベルで、研究員はその下にいるわたしのような存在かしら。で、あなたや玲くんはその中間、というよりもむしろ将来研究者に立つ立場だと思うの」


「そんな! どう考えても僕なんか、そこまで行ってませんよ」


「わたしのようなタイプって、結局一つのことしかできないの。使われる立場なのよ。スペシャリストと言えば聞こえはいいけど、一つの見方しかできないし、目先のことしか見えない。でもあなたは全体を俯瞰ふかんして考えることができている。二次試験を通してあなたが何を見ていたのか、今になってわかった気がする。あの時のわたしにはそんな余裕はなかったし、今もないもの」


「そんなことないですよ。今の霞さんが言ってること、矛盾してますよ。あの試験だって、きっかけは霞さんの声掛けだったわけで。玲と僕だって、昔から俯瞰して見ていたのはやっぱり玲の方だったし。使われるのは僕の方だったし――」


 その言葉に霞は窓の外を向き、自分が素直に思ったことを伝えた。


「昔はそうだったのかもしれないわね。でもね、わたし、博士が雅也くんに言ったこと、間違ってない気がする。バランス感覚っていうのかしら? 本当のあなたにはあるのよ。だから、少し落ち着いてほしいの」


「それが僕にはわからないんです。博士には『人の心を拾える人間になってほしい』って言われたんですけど、どうすればいいかわかんなくて。実際今は、霞さんやまなみんに僕が拾われまくっていますし」


 そう言いながら雅也がうつむく。


「それはお互いさま。少なくともあなたがいなかったら、わたしは何から手をつけていいかわからないもの」


 外を向いたまま、霞は心境を吐いた。


 車窓に並木通りが映る中、しばしの沈黙が流れる。



「霞さん、お願いがあります。玲のこと、サポートしてやってもらえませんか?」


「えっ?」


 驚いた霞が振り向いた。


 雅也がうつむいたまま続ける。


「霞さんの意見ですが、僕のこと、チームのことについてはよくわからない。でも玲のことに関しては的を射てると思うんです。小さいころから僕はあいつと一緒にやってきて、なんとなく助け合って来たのかもしれないけど、今後僕があいつを助けてやれることって、そんなにないと思う。ひょっとすると、ぶつかっちゃうかもしれない。そうなったら、霞さんは玲の立場に立ってやってもらえませんか?」


「(この子……どこまでマイペースなの?)……そんな話、玲くんが聞いたらなんて思うかしらね」


 言いながら、再び窓の外に目をやる霞。


 雅也は相変わらず下を向いていた。


「……でも、わかったわ」


 霞は窓の外を見たまま、答えた。

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