第7話 霞の計画

〈19〉大岡涼音

「今日の試験に合格したら、二次試験があるんだろ? どうすんだ?」


 研究職採用試験の一次試験に向かうタクシーの中で、良助が霞に聞いた。


「実は考えがあるの」

「なんだ? 教えろよ」


「前に言ったかもしれないけど、あなたと同学年ですごい子たちがいるの」


「ああ、あの高等数学と物理がすごいっていう?」


「あの子たちも今回の試験受けるらしいのよ」


「じゃあオレたちのライバルだな?」


「今日はそうね。でも二次試験は集団実技面接だから、そこで彼らを引き込むつもり」


「そいつらのこと、知ってんのか?」

「会ったこともないよ」


「じゃあどーすんだよ? どうやって見つけるんだ?」


「今日の受験生ってそんなに多くないわよね。教室で言えばせいぜい二つ。わたしが誰か教えるから、あなたは彼らから目を離さないでいてほしいの。後でわたしが声かけるから」


「わかった。ってゆーかかすみん、えらい余裕あるな」


「ないわよ! でも仮に今日、わたしが不合格でも、あなたには二次試験に受かってもらわなきゃならないし、そのためには強力な助っ人が必要だと思ったから」


「ふーん。で、そいつら何人いるんだ?」


「三人よ。二人が6年生の男子。この二人はたぶん一緒にいると思う。残りの一人は5年生の女子。受験生の中で最年少で一番ちっちゃい子だと思う」


「は? 小5? 大丈夫なのか?」


「大丈夫よ。ひょっとするとあなたと感性合うかもしれない」


「なんで?」


「いや、なんとなく。でも、何考えてるかわからない子たちだから気をつけて」


「だから何に気をつけろと! 気をつけようがねーよ!」


「彼らも試験終了後に大学の学食で昼食とるつもりだと思うから、その時に声をかけようと思うの。よろしくね」


「よくわかんねーが、まあ、いいや」



 ◆◇◆



 事前の予想通り試験会場は二つの教室に分かれており、しかも霞と良助は別の教室に振り分けられていた。


「あそこにいる男の子二人よ。声かけないでいいから目を離さないでおいて」


 良助に耳打ちする。


「あれ? もう一人女の子がいるが、あの三人ってことか?」


「あの子は……違うかも。でも一応注意しておいて。じゃ、試験頑張ってね!」


「ああ。かすみんもな」


 良助と別れて教室に入り、自分の机を見つけると、ちょうどその前の席に小さな女の子がいた。


(間違いない、大岡涼音だ)


 ツインテールにしましまハイサイソックスのちで、いかにも小学校の低学年に見える涼音は、ぼーっと前を向いている。


(さて、どうするか?)


 カバンから飴を二つ取り出した霞は、涼音が横を向いた瞬間に声をかけた。


「こんにちはっ、飴ちゃんどうぞっ!」


 ゆっくりと涼音が振り向き、霞にいぶかしげな目を向けた。


「…………」


(さっそくはずしたかっ! やっぱフードデリバリーっぽい形の飴にするべきだった?)


「…………」


「あ、わたし、高橋霞と言います。西山中学校の1年です」


「……ありがとう」


 涼音はそう言って霞の手から飴を受け取った。


「ごめんねー、試験前で緊張しちゃって誰かと話さないと落ち着かなくってさー」


「……私も」


「えっ?」


「……緊張……してる」


「そ、そうだよねー。まだ若いもんねー」


「…………」


(この子、手ごわい……)


「……大岡」


「え? あ、大岡さんなのね?」


「……うん」


「お互い頑張ろうね!」


「……うん……でも」


「はい」


「……私」


「はい」


「……二次試験……受けない……から」


「え? なんで?」


 霞が聞いたそのとき、試験官が教室に入ってきた。


 それに合わせて涼音が前を向く。


(ちょっと、どういうこと? でも、連絡先くらいは聞き出しておかなくちゃ……)



 ◆◇◆



『それでは始めてください』


 試験官の言葉でテストが始まった。教室のテンションが張りつめる。


 選択科目、数学、社会学でそれぞれ20分。すべて記述式。


 受験生は全員、集中して入力ペンで思考を文字化していく。


(なにこの数学の問題! ぜんぜんわかんないんだけどーっ!)


 見たこともないような問題に面くらい、あわてる中、あわてて問題を読み返す。


(いや、落ち着け霞。とりあえず得意分野から手をつけなきゃ)


 一度深呼吸すると、再び問題に向き合った。



 ――ピーン


『それではやめてください』


 テスト終了の合図が響くと、ふー、と受験生たちの息を吐く音が聞こえた。


(書くのは書いたけど……)


 そう思う間もなく、涼音がすっと席を立った。


「あっ、大岡さん!」


 霞のとっさの言葉に涼音が振り返る。


「お近づきのしるしにお昼ご飯でも一緒に食べない? ですか? (って、何言ってんだろ……)」


「…………」


「…………」


 霞の笑顔が引きつる。


「……うん」


「あ、ありがとう。じゃ、食堂行きましょ! 隣のクラスにわたしの友達もいるから是非一緒に――」


 そう言って隣の教室に目を向けた瞬間、


「……私……先……行ってる」


 涼音は無表情のまま、すっと教室の外に出てしまった。


(な、なんというか……すごいマイペースなのね……あれが『来訪者』なのかしら?)


 そう思いながらも、気を取り直して良助の教室に向かうと、ちょうど彼がドアから出てくるところだった。


「良助! そっちはどう?」

「しっ」


 小声でたしなめられて少し後ろに下がると、玲と雅也が外に出てきた。彼らの後ろから間を取ってついていきつつ、良助が耳元で言った。


「あいつらも食堂に行くらしい。だが、少し雲行きが怪しいぜ」


「え?」


「とりあえずオレはあいつらを追いかける。そっちは?」


「大丈夫。先に食堂で待ってるって。だからわたしもそっちに行くわ」


 そう言って後ろを振り返りながら、雅也と玲の後ろを見つからないようにつけて行く。


 階段の陰からのぞき見ると、前の二人が一階に下りたところで、中学生に絡まれていた。

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