第12話 喪失(2057年4月5日20時02分)

(34)2057年4月4日09時15分

 翌朝、研究室の円卓に六人が揃い、ミーティングが始まる。


「昨日博士と話してOKをもらった。決行は明日の夜、僕とまなみんで立ち会うことにした」


 雅也は博士に自分の考えを包み隠さず話したことをみんなに伝えた。博士は特に過去を隠すつもりはないようで、具体的な段取りについても雅也たちに任せるらしい。


「わかった。デック、演算サーバーとメディアカードは大丈夫だな?」


「今日中に来る。そのあたりに機器を搬入するから場所空けておいてくれ。っていうか大学ここって手続き煩雑はんざつだよな?」


「最新鋭の研究施設のわりにはいろいろと古臭いんだよね。おじいちゃんが来たがらない気持ちもわかるわ」


「ヘッドセットのソフトのインストールは問題なかったのかしら?」


「……大丈夫……起動も……チェック……済み」


 全員で段取りを確認する。


「だが一度やると決めたら気持ち的に盛り上がるもんだな。ドキドキしてきたぜ」


 昨日と打って変わって良助はやる気になっていた。


「あたしも。おじいちゃんに感謝だわ」


「本当だよ。僕だったら自分の過去なんて絶対見られたくないもん」


「雅也お前本当にいい性格してんな! 言い出したの誰だよ?」


「そーよ! そーいうこと言うからあんたは人の心がわからないって言われんのよ!」


 良助と真奈美が即座に突っ込みを入れる。


「ん? 博士の記憶映像の容量、どの程度かわかってるのか?」


 ヘッドセットを確認していた玲が良助に目を移した。


「ああ。涼音が試算してくれた。サンプル動画の画質と博士の年齢で最大値を見積もってメディアカードを準備している」


「抽出にかかる時間は?」


「……約……45分」


「えっ? 早すぎない?」

 驚いた雅也が聞き返す。


「……ただ……許可範囲の……切り分け……1時間くらい……」


「ああ、そういうこと。じゃあその間に休憩をはさむとして、都合2時間くらいだね」


 雅也はうなずきながら端末で修正し、全員にタイムテーブルを共有した。受け取った真奈美が確認するように言った。


「夜の8時からスタートで、10時までかかる感じね。みんなはどうすんの?」


「もちろん最後までいるぜ。機材を持って帰る必要があるしな。データ抽出の間、邪魔にならねーように待機してるから、なんかあったら呼んでくれ」


「ありがとう」


「あまり博士に負担がかからないよう、頼むぞ」


 立ち上がりながら玲が言った時、こんこん、とドアをノックする音がして、研究室にサーバーとメディアカードが届けられた。


「これが大学の演算サーバー?」


 雅也が搬入された箱を眺める。


「大きいわね」


 霞が心配そうに寄ってきた。


「このでかい箱二台を博士の家まで持って行くのか?」


 玲が不安を口にする。


「玲と雅也で一台運べるか? オレが一台運ぶから」


「「わかった」」


「ただ……くれぐれも壊すなよ?」


 やらかしそうな雅也に良助が釘をさす。


「で、このメディアカードだけど」

 真奈美がカードを手に取った。


「小さいわね」

 霞が心配そうにのぞきこむ。


「こんな小さいものに人の記憶が70年分も入るのか?」


 玲が不安を口にした。


「大丈夫!」

 きっぱりと答える涼音。


「なら、デックと涼音でセッティングしてもらっていいか?」


「おう、まかせろ!」



 ところが、涼音が演算サーバーの電源を入れた時、


「ウイーーーーーーーーーーーーー」


 研究室に騒音が響いた。


「……量子論演算に……使ってみた……時の……音」


「え? 本番はこれの二台分の音すんの?」


 涼音に確認する真奈美。


「……うん」


「大丈夫かしら、博士」


「いや、無理だろ。これじゃ集中できねーよ」


 霞に良助がはっきりNGを出す。


「でも……時間……」


「あれだよ! 長めのケーブル使ってさ、一階から二階に延ばせばいけると思う」


 思いついた雅也が予備の白いケーブルを手に取ってみんなに見せた。


「おお、それだ! そうすりゃ二階まで運ぶ手間も省けるしな!」


 良助の表情が柔らかくなり、涼音にも笑顔が戻る。


「じゃ、それでいこう。デック、任せ――」


 玲が言い終わらないうちに良助は研究室を出て行った。



 ところが……


「ヴイーーーーーーーーーーーーー」


 涼音がもう一台のスイッチを入れると、さらに大きな音が響いた。


「「「「…………」」」」


「……二台で……使ってみた……時の……音」


「今日はここで何かするのは無理かも……」


 涼音と霞の声がよく聞こえなかった真奈美は耳を押さえて近寄り、聞こえるように大声で言った。


「涼音! ごめん! デックとここでセッティングしててもらってもいいかな? あたしたち別の場所で打ち合わせするから!」


「……うん……大丈夫」

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