第6話 最終兵器「まなみん」

(16)いろいろとかみ合わない人たち

「え? ちょっと、なんですか?」


 そう言って雅也は相手をふりほどこうとしたが、しっかり上着を握られていて、逃げられない。教室では見かけなかった黒い革ジャンにジーパンの不良っぽい男だ。


 一方で玲を掴んでいるのは確か、同じ教室にいた中学生らしき受験生男子の二人。


「君たちにお願いがあってね」


 中学生の言葉は、その意味とは裏腹に、高圧的な語気がおどしをあらわしていた。


「ちょっとつきあってもらうぞ」


 不良の声とともに雅也たちはそのままグイグイ押されるように構内の隅に引っ張られ、通路の行き止まりまで連れてこられると、玲を掴む中学生の一人がポケットから小型投影機を取り出し、外から見えないよう壁のホログラムを張った。彼ら三人の中心に不良が立ちはだかり、玲と雅也は完全に袋小路に追い詰められた。


「僕らに何の用ですか?」


「ああ、簡単なことさ」

「君たちに今日のテストを辞退してもらおうと思ってね」


 両端の中学生が交互に答える。


(この人たち、本気で言っているのかな?)


 そう雅也が思う中、彼らが続ける。


「僕ら、これまでの合格最年少記録を塗り替えるためにこのテストを受けに来たんだよね」

「だから君らみたいなガキに邪魔されたくないんだよ」


 二人の言葉と同時に彼らの真ん中に立つ不良が革ジャンの内ポケットからナイフを取り出した。


「刃物とは物騒ぶっそうですね。けど、誰かが少しでも出血すれば、ロボットが来ますよね?」


 平然と雅也が言いかえす。


「あれ? 『大学の自治』について習ってないの? こんなところまでロボットが入ってくるわけないじゃん。あ、小学校じゃ社会学とか習わないんだっけ? っていうか仮想世界にすら行ってないんだよね? そんな世間知らずのぼっちゃんが研究員なんかにふさわしいわけないよね? 自分でもそう思うだろ?」


 ペラペラしゃべる左の男がバカにしたような笑みを浮かべた。


「つまり俺たちにどうしろと?」


 玲がその男をにらみ返すと、


「簡単さ、この辞退届にサインすればいいんだよ。君たちの指でね」


 そう言って男は2枚の書類を出してきた。


「ちょっと待ってよ、僕らだってあなたたちだって合格している保証なんてないじゃないですか?」


 雅也が反論すると、相手の顔色が変わった。


「頭悪いな。君たちがいなければ僕たちが合格する確率だって上がるわけだよ」

「つーか早くしろよ!」


 もう一人の中学生も凄んできた。


「どうする?」


 後ろから小声で玲に聞かれたが、どうするったって、逃げ場はなく、助けも呼べない。相手は三人、それも年上だ。おまけに試験監督区域のせいか端末の通信機能も悪意センサーも遮断しゃだんされたまま。


(こりゃ困ったな)


 そう思った雅也が無意識に自分のくせ毛に手をやったとき、


「おいぼっちゃん、そのアホ毛、切り落としてやろうか?」


 ナイフを向けて挑発してきた不良のその言葉で、雅也の頭に何かのスイッチが入った。


「……なんだと? もういっぺん言ってみろ」


(うわっ! こいつら雅也を怒らせやがった!)


 目の前の雅也から玲が殺気を感じたそのとき、


「ちょっとー、あんたたちなにやってんのよー?」


 間延びした声とともに、ホログラムの壁から真奈美がひょこっと顔をのぞかせた。


「なっ! 誰だ!」


 あわてた不良が振り返りながら、持っていたナイフを内ポケットに隠す。


「来るなまなみん!」

 玲が叫んだ。


 ところが、状況を察した真奈美はにやりと笑うと、


「ここはあたしに任せて!」


 そう言って不良の前に飛び出した。


「お兄さん、あたしがお相手してあげるわ」


「な、なんだ? こいつも受験生なのか?」


 不良が左右の中学生をうかがう。その間に真奈美は相手の腕を掴んだ。


「お兄さん、いつも仮想世界バーチャルワールドでやってんでしょ? あたしで試してみない?」


 上目づかいの挑発的な表情で、真奈美は不良のてのひらを自分の胸に当てた。


「ちょ、待てっ!?」


 あわてて手を引っ込めた相手の動揺を見て取ると、真奈美はそのまま相手の背後に回り込んで抱きかかえる様に体を密着させ、手を伸ばしてジーパンごしに男の股間をにぎる。


「やっ、やめろーっ‼」


 振り向いた不良が絶叫し、ポケットからナイフを振り上げた瞬間、


 ――ガスッ!


 雅也のこぶしが彼の顔面にめり込んだ。


 男の体は重力を失ったかのように吹っ飛び、そのままホログラムの壁の向こうに消えていく。


「えっ?」


 いきなり手がふりはらわれた真奈美は、何が起きたのかわからない。

 自分の下半身アタックのせいで不良が逃げ出したと勘違いした。


 両端の中学生も一瞬の出来事にあっけにとられていたが、真奈美の後ろから拳を突き出した雅也の、ブチ切れた目が自分たちに向けられていたことに気付いた。


「「ひっ!」」


 あわてて中学生二人が逃げ出す。その後を鬼のような形相で雅也が追った。



「思った通り! この世代はリアルの駆け引きに弱いのよ」


 振り返った真奈美がそう言うと、一人残された玲の手を取って自分の胸に押し当てた。


「……お前……痴女ちじょ?」


「ち、違うってば! 計算ずくの行為なの! けど玲ちゃん、女子に免疫あるの?」


「いや……俺はその、女とかあまり意識しないからな」


 そう言いながら玲は目をそらす。


「そうなんだ……けど、なんで雅也も行っちゃったのかな?」


 ホログラムの壁が消えた廊下の先を二人が見ると、雅也たちの姿は見えなくなっていた。


「やっぱり雅也もうぶ・・なんだね~」


(いやいやいや、そうじゃないだろ)


 と思いながら玲は口にした。


「最終兵器・まなみん」


 ――パシッ!


 真奈美は自分の胸を触っている玲の手を払いのけた。



 ◆◇◆



(あいつら!)


 激昂げっこうした雅也が逃げた相手を追う。ところが、


「あ、あれ?」


 角を曲がったところで中学生二人が廊下にへたり込んでいた。そして不良は


「ちょ、ちょっと、勘弁してくれ!」


 鼻血を垂れ流しながらしゃがみ込み、泣きそうな声をあげている。


 彼らの先には高校生くらいの男が立っていた。髪の毛を立てたいかつい風貌で、不良をにらみ付けている。その男の横には、同じく高校生っぽい可憐な女性が立っていた。おさげというのだろうか? 二つに分けた長い黒髪を、耳の下で編まずに緩く結んでいる。


 我に返った雅也は思い出した。この高校生も確か、自分たちと同じ教室で受験していたはず。女性の方は記憶になかったが、真奈美の教室だったのかもしれない。


 高校生は左手をズボンのポケットに突っ込んだまま、右手で中学生から奪った投影機にスイッチを入れると、そばにホログラムの壁を作りながら雅也に聞いた。


「こいつらどーするよ? そこのにいちゃん」


 言われた雅也が彼らに目をやると、


「ごめんなさい! さっきは悪かったです!」

「冗談だったんだ! だから許して!」


 へたり込んでいた中学生たちは、この男のことを相当怖がっているらしい。拍子抜けした雅也が手を振ると、三人はあわてて逃げていった。

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