彼女にまつわるエトセトラ
久遠寺くおん
プロローグ
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僕が神様に何かを祈るのは、猛烈な腹痛に見舞われたその時ぐらいなモノだけど、
間宮とは小学校低学年からの付き合いで、幼馴染と呼ぶには自宅の距離も、心の距離も離れ過ぎてはいたが、お互いにあまり友達が多くないという事もあって、何かと重宝する存在だったのは確かだった。
例えば修学旅行や卒業旅行では彼女と大半の時間を過ごしたし、卒業アルバムを見返してみれば、僕が写り込んだ写真には必ずと言っていいほどに、眉間に皺を寄せた間宮が隣にいた。
しかしだからといって、そこに恋愛感情が挟まる余地はこれっぽっちもなく、お互いがお互いを疎ましく思っていたのも確かだ。
そんな僕らの関係は中学生になっても当たり前のように続いていて、もしかしたらこのまま高校でも大学でも僕らは傷を舐め合い続けるのではないかという僕の危惧は、しかし杞憂に終わった。ある日唐突に、間宮が終わらせたのである。
「
その日の天気が晴れだったのか雨だったのかはもう覚えてはいないけれど、その日の間宮の横顔と、握った手のひらの感触は今でも記憶に焼き付いていた。
朝、通学路の途中でばったりと出くわした僕らは、目を合わせる事もなく一緒のペースで歩みを進めて、その間、特に言葉を交わしたりはしなかった。
間宮と僕は友達でも恋人でもなく、単なる利害関係に過ぎないという自負が僕にはあったし、それでなくとも間宮が通学中、雑談に興じる姿は見たことがない。ともすれば通学時間でさえも授業中なのだと主張しているかのようだった。
そんな間宮が不意に固く結んだ口を開いたのは、学校の正門が視界の先に見え始めた矢先だった。まるで降り始めた雨を確かめるかのように視線を空に向けながら「来須。私と一緒に飛ぼう」と言ったのである。
間宮はいつも、いつでも正しかった。
けれども正しい事がいつも正解だとは限らない。その程度の事は小学校の途中で大半の人間が気が付く事なのに、間宮は中学生になってもまったくといっていいほどに理解していないようだった。
そんな彼女がクラスで孤立するのは自然な流れで、言ってしまえば自業自得だ。僕自身、正論しか口にしない間宮の事は軽蔑していたし、それは間宮も同じだったように思う。
「まるで崖と崖との間で揺れ動く、吊り橋の上に佇んでいるみたい」
それが独り言だったのか、遺言だったのかは、僕にはわからない。彼女はそれだけ言い残して、学校の屋上から飛び降りたのだ。直前まで繋いでいた僕の手を離して、まるで空へと落ちるように間宮千早は墜落した。
あとに残ったのは、トマトのように潰れた間宮の頭部と、女生徒の悲鳴だった。
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