さよなら、海鳴りの島、父のいた学び舎

作者 馳月基矢

圧倒的な情景描写力で綴られる「ふるさと」への郷愁

  • ★★★ Excellent!!!

 手元に辞典を持っているわけではないので誤りがあったら申し訳ないけれど、インターネットで調べたところ、「ふるさと」という言葉は広辞苑で以下のように説明されているそうだ。

 ①古く物事のあった土地。古跡。旧都。
 ②自分が生まれた土地。郷里。こきょう。
 ③かつて住んだことのある土地。また、なじみ深い土地。

 間違いではない。だけど完全に説明しきれているとも思えない。この定義は「ふるさと」という言葉が言外に持つ、のどかで牧歌的な雰囲気に触れていないからだ。

 高層ビルが立ち並ぶアスファルトで固められた街に生まれ育った人間は、自分の生まれた土地をあまり「ふるさと」と呼ばない。風光明媚な景色、人と人との温かい繋がり、そしてその土地に対する深い愛。それらがあって初めて「古巣」は「ふるさと」になり得る。世間にはそういう暗黙の了解があり、ゆえに都市開発と人口集中の進む現代日本において、胸を張って「ふるさと」と呼べる土地を持っている人間は意外と少ない。

 そんな中、本作の作者様が幼い時を過ごした長崎の五島列島は、文句のつけようがなく「ふるさと」だ。

 端正な文章で綴られる島の景色は温かく、美しく、行ったこともないのになぜか懐かしい。それはきっと語り手が島の情景描写を語る際、「嬉しかった」「楽しかった」「綺麗だった」といった感情表現をほとんど使っていないからだと思う。だから読み手は語り手の思い出を追体験し、まるで自分のことのように感じ入ることが出来る。勿論それは、感情を表す言葉を使わずともどう感じたかが存分に伝わる、圧倒的な情景描写力があってこそのものだけれど。

 最後、本エッセイの視点は過去から現代に移る。語り手は一緒に島を巡っていた読み手を切り離し、胸に抱く「ふるさと」への愛をめいっぱい溢れさせる。僕は「ズルい」と思ってしまった。だってズルいじゃないか。誰だって「ふるさと」を持てるわけじゃないんだ。なのにこんなに素敵な「ふるさと」を持っているなんて、羨ましくなって当然じゃないか。

 最近、五島列島を舞台にした青春小説(中田永一著「くちびるに歌を」)を読んだばかりなのもあり、たった2400字とは思えないほど心を揺さぶられました。お薦めです。読了までさして時間もかかりませんので、未読の皆様は是非ご一読下さい。

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