第119話 絡まりのないもつれ目【5】

「遮って悪かったね、フィシュア。報告を続けてくれ」

 トゥイリカはオギハから目を離さないまま、にっこり笑った。

 従ってよいものか迷いフィシュアは長兄を窺いみる。オギハは溜息をついて、手を振った。

「気にするな。続けろ。そちらを優先する」

「はい」

 努めて心を落ち着かせ、フィシュアは再び口を開いた。

「昨夜、ナイデル様が、」

「お、うちのあるじから〜?」

 興味津々、机に向かって浮かびあがったザハルが、シェラートに首根っこを掴まれ引き戻される。

 段々動じなくなってきた一同は、それをなかったことにした。

魔人ジンを一目で見分けることができるのは皇族だけだと——そうイリアナ様から聞いたと、言っていました。それを利用して私を呼び寄せたのだと。そのようなことを聞いたことはありますか? 確かに見ればすぐに魔人ジンかどうかわかると老師せんせいから教わっていましたが、私たちだけというのは初耳です。誰の目にも明らかかと思っていました」

 フィシュアと同じく賢者の元へ教えを乞いに通っていたルディが「俺も老師せんせいから聞いたことがある」と控えめに手をあげる。

「わ、儂ですかな……? いや、そうと思っているのは事実ですが……フィシュア様方のみと思っておったわけではありませぬ……そういった話は聞いたことがありませぬな」

 引き合いに出されたシュザネは動揺しながら、ううむと考えはじめた。

「いやいや、しかし、誰の目にも明らかではありませぬか!? 彼らの紋様は、幾何学的でありながら自然物を模したように優美! 比べようにも他と比べようがない素晴らしさですぞ! 惹かれてやまない圧倒的な存在感! シェラート殿をご覧なされ!」

 力説したシュザネが「ほら!」と、シェラートの方を示した。

 嫌そうに顔を顰めたシェラートの横で、ザハルが見せびらかすように腕を振る。

 まじまじと彼らの紋様を吟味したオギハは「微妙だな」と息を吐いた。

「俺たちは、そもそもこいつが魔人ジンだと知った上で会っているからな」

「ザハルが現れた際も、驚きの方が先に来てしまい判断も何もありませんでしたしね。フィシュアの時はどうでしたか? ロシュは?」

 ヒビカに問われ、フィシュアは改めてシェラートとザハルを見つめる。性懲りもなく、ひらひらと手を振るザハルの横で、シェラートがいい加減煩わしそうに同胞から顔を逸らした。

「私も……老師せんせいと同じです。シェラートにもザハルにも魔人ジンを示す紋様があったから気づいたはず。ロシュには、シェラートが魔人ジンだと話した上で、シェラートとテト……連れの少年の特徴を告げ、探させたので、判断材料としては不十分でしょう。ザハルの時は……」

 言いながら不可思議そうな視線に気づき、フィシュアはふいに説明を止めた。シェラートに対し肩をすくめ、種明かしをする。

「ラルーよ」

 砂漠近くの街の名をあげると、シェラートが合点がいったように翡翠の双眸を見開く。

 無一文で困り果てていた二人と再会した瞬間を思い出し、フィシュアは急に懐かしい気持ちになった。

「ロシュもいたのか」

 頷いたフィシュアは、宴にもいたのよ、と軽口を続けそうになり、辺りの視線にぎこちなく口を引き結んだ。

 シュザネが白髭をすき、話を引き継ぐ。

「ザハル殿の時は、儂が騒動の中心に魔人ジンがいる可能性が高いと、ロシュ殿と合流した折に話してしまいましたから、こちらも判断材料とはなりませぬ。しかしながらザハル殿を見たロシュ殿に戸惑った素振りもありませんでした。やはり皆わかるものなのでは?」

 シュザネの横から、サーシャが溜息混じりに「よろしいですか?」と口を挟んだ。

「シュザネ殿はこう言っていますが、少なくとも私は紋様ではわかりませんよ。私が彼らを魔人ジンと判断できるのは、彼らの魔力の性質が私たちのものと大きく異なるからです」 

「なんですと!」

「……シュザネ殿くらいですよ、そんなの。ボッチェの店にシェラート君たちを連れてきているでしょう? みんなシェラート君のこと、普通の若者だと思っているじゃないですか」

「なんですと!?」

「じゃなかったら、囲まれて毎度大変な目にあっていますよ」

 呆れ返るサーシャに、驚愕を隠せないシュザネはもごもごと口ごもる。

「いえ、確かに、サーシャ殿の言う通り、素晴らしい魔力面からも明らかですが……」

「サーシャ様、その魔力って具体的にどう違うんですか?」

 ルディが問う。

 ううん、と少し考えたサーシャは「魔力そのものは言葉で説明しづらいんだけど」と前置いた。

「魔法の使い方なら、わかりやすいかしら。私たちは魔法を使う時、辺りにある要素を引き込んで、自身の魔力と練りあわせて現象を起こすの。例えば、私が風を起こすなら、辺りの大気に頼るしかない。だから、もし水中や地中だったら風を起こすのは難しい」

 サーシャが右手を広げると、部屋中の空気が手に向かい引き寄せられた。小さな竜巻の生まれた掌に魔女は口を寄せ、ふぅと風を部屋中に送り返す。

「だけど、シェラート君たちは存在自体が自然の要素の塊みたいな感じなのよね。彼ら自身が要素の根源に等しいから、周囲に必要な要素がなくても、自分の内から自由に引き出して魔法を使うことができる。要素も魔力もどちらも同じ身の内に混在しているから、練る工程も必要なく、具現化できる力が強い。そういう仕組みの違いが、私たちにはから、魔人ジンと人間を区別することができた。でも、ルディ君には、そういうのわからないでしょ?」

 ルディに話を振りながら、サーシャは「あ」と口を指先で覆った。

「この場じゃ、ルディだったわね」 

「いいですよ、普段通りで。俺も変な感じですし」

 歴代の五番目の皇子フィストゥスは警備隊の任につくこともあり、フィシュア同様、市井に顔馴染みも多く、昔からサーシャとその家族と関わりのあったルディは気安く笑う。

「——確かにそういう違いはわかりませんね。普通の人とは違う気もしますけど、オギハ兄様たちと同じで、俺もそうだと知っていたからな」

「そもそも判断できるできない自体を、私は初めて聞いたのよね。精霊は——東大陸あちらでいう魔人ジンのような存在は、その場にいたとしても通常人に姿を見せることを好まず、視えはしない。だから、普通の人たちにはどう見えるかなんて、歴代の東の魔女の誰も気にかける必要がなかったと言えば、そうではあるけど……他の魔女や賢者からも聞いたことがない。シュザネ殿は誰にそんなことを聞いたんです?」

「……年若い折からそう思っておりましたから、師匠から教わったはずですな。だからこそ、魔人ジンに会えばすぐにわかるというのは、疑ったこともない常識でした。そうじゃ……そう言えばイリアナ様と、イリアナ様の前の先々代の五番目の姫フィストリア様も口にしていた覚えがあります……。ですから、共通の認識かと思ったのですが」

「またイリアナか」

 オギハが低く言った。

「というより、五番目の姫フィストリアだろうな。フィシュアはそれらしき知見は何も引き継いでいないんだな?」

 長兄に鋭く念を押され、フィシュアは苦い思いで顎を引いた。

 いくら記憶を探っても、イリアナからそのような話を聞いた覚えはない。魔人ジン魔神ジーニーにまつわる歌や物語は習ったが、それ以外のことはすべてシュザネから教えてもらった知識ばかりだ。

 恋人を失った後のイリアナはまともに会話が成り立たないほど精神をきたしていた。

 十数年かけ受け継ぐはずだった五番目の姫フィストリアの任について、フィシュアがイリアナから直接引き継げたものはわずかでしかない。

 イリアナの前の五番目の姫フィストリアも、フィシュアが代を継いだ時には既に逝去していたため、残る知識は歴代の五番目の姫フィストリアたちが残した手記と、ルディの師である五番目フィスの叔父の手助けで得たものだ。

 それ以外の何かが、あったのかどうかさえ、フィシュアには判断がつかない。







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