第85話 琥珀の破片【4】
「テトから聞いたわよ。ロシュに何を話していたの?」
馬車が動き出した途端、向かいの席から疑わしげにじとりと睨んできたフィシュアに、シェラートは呆れた目を向けた。
「フィシュアも告げ口されたら困る
「うぐっ……本当に詳しく聞かれていたの?」
そして話しちゃったのね、と呻いたフィシュアは両手に額を埋めて身を縮こませた。
布張りの座席に膝立ちし、開いた窓枠に手をかけていたテトが首を巡らせる。
「でもさぁ、フィシュアが僕たちにちゃんと説教してくれたのって、やっぱりいつもロシュさんによく怒ってもらっていたからかなぁ?」
「……テト。それ、嬉しくないし、褒めてないからね?」
どこか感心した風のテトに、フィシュアはますます項垂れる。
そうしているうちに行く手で城門が開き、テトは歓声をあげた。
弧を描く石組みの門の天蓋を見あげ、抜けた瞬間、眼前に広がった皇宮に続く前庭の景色に気を取られる。
先導しているはずのロシュも見えないかと、ますます窓から身を乗り出したテトをシェラートは無言で引き戻した。
そのままシェラートもテトに倣って窓の奥で流れる風景に目を向ける。整然と手入れされた前庭には、道の中心を貫くように水路が流れていた。どこかから水を引いているのか、惜しみなく水を湛えるその様は、帝国の豊かさを誇っているようでもある。
不服そうな顔をしながら背もたれに身を預けたフィシュアも、意識を窓の外に傾けたらしかった。
テトの栗色の髪を揺らし吹き込んでくる風が、真昼の日差しを鮮やかに散らす。フィシュアは眩そうに目を眇め、テトが指さし尋ねる声に、いつもの調子で一つ一つ答えはじめた。
なだらかに進む馬車の歩みは丁寧な分、遅々としていた。はしゃいでいたテトが、次第に庭の景色の連続に飽きだした頃、馬車はようやく動きを止めた。
「フィシュア様」
「ああ」
まもなく開かれた扉の外からロシュに手を取られ、フィシュアが先に車外に出る。
フィシュアに続いて、飛び降りそうなテトの気配を察し、シェラートはテトの両脇を抱えあげた。
「もう、シェラート!」
テトの不満げな声に、振り返ったフィシュアが笑う。
「だめよ、テト。この段差は高すぎるもの」
「このくらい平気だよ」
「そうかもしれないけど」
フィシュアは抱えられ宙に浮いているテトの両手を宥めるようにとった。テトが怪我したら困るものねぇ、とシェラートへ声なく口を動かす。
「そちらの方は?」
フィシュア越しに声がかかり、テトとシェラートはそちらに目を向ける。
白髪の混じりの初老の男は、今しがた馬車から降りたばかりの二人の背格好をさっと確認したようだった。
慇懃な態度で控えてはいるものの、眼鏡の奥の水色の双眸が不審そうに細められる。
「警戒する必要はありません、ファッテ。テトランとシェラート——彼らは私の個人的な客人です。身元は私が保証します。それよりここで待っていたということは何か急ぎの用件があるのでは?」
ファッテと呼ばれた男は、フィシュアに「はい」と頷き返す。
「皇都に到着されたとの連絡を受け、ここでお待ちしておりました。ですが、まずはご無事にご帰還なされたことに対するお祝いの言葉を。お帰りなさいませ、フィストリア様」
「ええ、ありがとう。それで?」
先を促すフィシュアに対し「老いぼれをあまり急かさないでください」とファッテは渋い顔になる。
「皇太子妃殿下が謁見の間にてお待ちです。お召し替えの必要はないので到着次第すぐに顔を出してほしいとのこと」
「何かあったの?」
表情を険しくしたフィシュアとは対照的に、ファッテははじめてかすかに表情を打ち崩した。
「いえ。そうではなく、きっとお寂しかったのでしょう。今回はフィストリア様が皇宮をあけていらっしゃる期間も長かったですから」
「そう」
フィシュアはほっと安堵した。
「伝言確かに承りました。ちょうどテトとシェラートの滞在についてお伝えしなければならなかったし、今から直接向かうと先触れをよろしくお願いします」
「かしこまりました」
ファッテは軽く礼をとる。それよりもフィストリア様、と目線をあげた彼は、片手で眼鏡を抑えながら不思議そうな顔をした。
「後ろのお客人が揃って固まっていらっしゃるようですが?」
「え?」
指摘に従って、フィシュアは後ろを振り返った。
ファッテの言う通り、テトとシェラートはどちらも立ったまま不自然に顔を強張らせていた。
テトが困惑もあらわにフィシュアを指差す。何か問いたそうに動いた口は、結局言葉を発することはなく、テトは代わりにぎこちなくシェラートを見あげた。シェラートは信じ難いとでも言いたげに、フィシュアを凝視する。
「え? ええっ? 何? どうしたの!?」
傍に控えていたロシュが「ああ、やはり」と、慌てる
「シェラート殿と話していて、どうもご存知なさそうだと思ってはいたのですが。フィシュア様……皇宮に連れてくると決めていたのに、きちんと話をしませんでしたね?」
「そう言えば、仕事の話をしただけで言い損ねた、かな?」
「どうしてそういつも肝心な部分が抜けているんです。仕事から想像がつくご身分じゃないでしょう?」
「……そう、驚くことでもないだろう?」
「現に言葉をなくすほど驚いていらっしゃるではありませんか」
ロシュの苦言に閉口しながら、フィシュアは呆然と固まっているテトの前に膝をついた。
ちらと見上げれば、先に立ち直ったらしいシェラートと目があう。あった瞬間、呆れたように目線を逸らしたシェラートが、腰に右手をつき、疲労の滲んだ嘆息をしてきた。
フィシュアは情けなく眉を下げて、テトに向き直る。
「テト」
ごめんね黙っていて、とフィシュアは指先でテトの肩をつついた。
ようやく我に返ったテトが、正面のフィシュアを認識し、じっと見つめだす。じわりじわりと戒めが解けるにつれ、黒い
「……
掠れ、途切れながら、テトは恐る恐る聞く。
申し訳なさそうに口をつぐんだフィシュアに代わり、肯定を返したのはロシュだった。
「そうです。フィシュア様は
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