第33話 宵闇の姫【7】

「さぁて。散々やってくれたな、歌姫さん。どうやって楽しませてもらおうか?」

 取り囲む男たちがフィシュアの方へにじり寄る。

 捕らえられたテトが、腕を捻りあげられ悲鳴をあげた。

「テト!」

「大丈夫! 僕は平気だから」

 テトは涙目になりながら、腕を掴む男を気丈にも睨みつける。そのままテトは相手の脛を蹴りあげた。

「こいつ! ふざけやがって!」

 激情した男がテトに向かって拳を振りあげる。

 突然、部屋の中に突風が巻き起こった。

 テトを捕らえていた男が部屋の壁へ弾き飛ばされる。

 反動で宙に投げ出されたテトの身体を、つむじ風がふわりと巻きあげた。

「シェラート! あなた何やってるのよ! テトから離れるなって言ったばかりでしょう!?」

 酒場へ姿を現したシェラートが、テトの身体を抱きとめる。魔人ジンの姿を目にするなり、フィシュアは思いっきり睨みつけた。

 着いてそうそう怒りだしたフィシュアを、シェラートも睨み返して怒鳴る。

「元々はお前が抜け出すから悪いんだろうが。テトに心配かけるなって言ったよな? しかも、巻き込みやがって!」

「それは悪かったと思ってる。まさか、ついて来ているなんて。だけど、あなたも来るのが遅いのよ。あとちょっと遅かったらテトがどうなってたと思ってるの!?」

「わぁーー!! フィシュア、後ろ!」

 得体の知れぬ突風に虚をつかれていた強盗団にとって、二人の言い合いは我を取り戻すのに充分な時間を与えてしまったらしい。

 延々と長引きそうな喧嘩にしびれを切らしたのか、それとも不意打ちを狙ってのことか、再び男たちが襲いかかって来た。

 フィシュアは何事もなかったかのように後ろ手で素早く剣を動かすと、先程と同じように薙ぎ払った。

「ちょっと、シェラート。今度こそちゃんとテトを守りなさいよ?」

「言われなくてもわかってる!」

 シェラートはテトを抱えたまま、向かってくる男たちに手から衝撃波を繰り出し、ぶつけてゆく。肩に抱えあげられたテトは、攻撃が命中するたびに「すごい」と歓声をあげた。

 目に見えない攻撃に、男たちは反対の壁まで吹っ飛び、訳のわからないうちに気を失った。

 ちびちびと手元の酒を飲みながらその様子を鑑賞していた頭領の男は、次々と倒れていく部下たちを前に「ほぉ」と息をつく。

「妙な技、使う奴らってのは、案外いるもんなんだなぁ。まぁ、あんたら程度の甘ちゃんならこっちも問題なさそうだ」

 頭領は空になった酒杯を放り投げると、カウンターから飛び降りた。カウンターの奥で隠れていた店主が、びくりと震えあがる。

「さて。あとはたったの五人か。やるねぇ」

 ぴゅう、と頭領は軽く口笛を吹き鳴らした。彼は、腰に並べて履いていた小刀の一つを手遊びのようにくるりと回すと、鋭く投げた。

「フィシュア!」

 彼女に向かって飛ぶ短剣に気付いたシェラートは、フィシュアに当たる寸で突風を起こし、床に叩き落とした。

 止められたことに安堵したシェラートの顔の真横で、カキンッと何かがぶつかったような乾いた音が鳴り響き、床に落ちる。

 足元に落ちていたのは、一振りの短剣と色とりどりの宝石がついた凝ったつくりの鞘。

 シェラートが顔をあげれば、フィシュアが抜き身の短剣の切っ先を床へ振り下ろすところだった。強盗団の頭領が、こちらを目掛け同じように小刀を投擲し、フィシュアがそれを遮ったのは明らかだった。

「私のことはいいから、テトを守ることだけに集中しなさい!」

 フィシュアの叱責には、苛立ちがこもる。

「おみごと、おみごと」

 エネロップの頭領が、場違いにも嬉しそうにパチパチと手を叩いた。

「ここまで、やってくれるとはな。俺も楽しみがいがあるってもんだ」

 フィシュアは短剣の切っ先を強盗団の頭領のいる方へ突きつける。狙いを定めた藍の双眸は、冷徹な光を帯びていた。

「一度ならず、二度までもテトに手を出すなんて……!」

「おいおい、怒りの矛先はこっちかよ。大体俺はまだ一回しか手出ししてないだろうが。あと一回は、ほら。えーっと、どこだ……ほら、あいつだよ。あそこに伸びてる奴だっただろ?」

「部下の失態は頭の責任でしょう?」

「まぁ、確かにそうだな。で、どうするんだ? 剣を抜いたって言ってもそれは所詮飾りもんのなまくらだろ? 俺を殺すったって無理な話だぜ?」

「そうね。それでも、さっきよりか数倍は威力が増すわよ。別に殺したいわけでもないから問題ない」

「じゃあ、どうするってんだよ?」

「牢行きよ。あなたたちは全員、警備隊に引き渡す」

「げ、まじかよ? とうとう俺らも豚小屋行きってか」

 言葉とは裏腹に、エネロップの頭領はおどけたように首を竦めてみせる。

「そう簡単に捕まるわけにもいかねぇしなぁ。それじゃあ。まぁ、手合わせ願いますか、歌姫さん。……っと、おい、お前ら」

 頭領の視線が、残っている部下へと注がれる。

 口は笑っているが、目は黒く濁っているだけで笑ってなどいなかった。

「死にたくなかったら、邪魔すんじゃねえぞぉー? 手元が狂っちまったら困るだろう?」

 頭領の男は、カウンターの裏へ腕を伸ばして長剣を取り出した。フィシュアに向き合う形で、カウンターにもたれかかった彼は、腕を掲げて長剣を鞘ごとひらひらと振る。

 意識のある部下たちは、それを見てがくがくと首を縦に振り頷くと、慌てて壁へとよけた。

「あ、そうだ。そこの兄さんも、そのちびっこが大事なら、歌姫さんとの勝負が終わるまで手ぇだすんじゃねえぞ? 終わったら、今度はあんたと勝負してやるからさ」

 挑発めいた言葉に、シェラートは何も言わなかった。

 テトを抱えたまま、シェラートも壁際へ移動する。出そうと思えば、いつだって手は出せる。だが、強盗団の部下の怯えようは、奇妙だった。

 状況を把握しないまま、下手に手を出してテトに何かあれば取り返しがつかない。

 不安要素が拭えない分、援護にまわれば、フィシュアがまた怒るのも目に見えた。

 シェラートにとって、それもいくらか面倒だった。

「なんだか、ずいぶんと舐められているようだけど、あなた私のこと何も見ていなかったの?」

「ん? ちゃんと見学させてもらったぞ? そうだな、歌姫さん、あんたは確かに俺の部下たちよりも強い。技術だけなら、俺より大分上かもな。けど、あんたは甘すぎる」

「……それは、自覚している。よく言われてるからね」

 肩を竦めて言ったフィシュアに男は破顔した。

「なんだ、ちゃんとわかってんのか。それなら、かなりましだな。じゃあ、俺よりちょっと下の強さってくらいにしといてやるか」

「何それ。まったく嬉しくないんだけど」

「そうか? せっかく褒めてやってるのに。めったにないんだぞ? 俺が褒めることって」

 頭領の男はもたれていたカウンターから、背を離す。手にした長剣を鞘から抜くと、芝居がかった仕草で切っ先をフィシュアへ向け、にやりと笑った。

「それじゃあ、まあ。はじめるとするか」

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