2-4

 カラスたちが巣へと帰る時間帯。広場へ別れを告げた私たちは屋敷へ戻った。

 そしてリビングへ入ると早速、私は今夜のディナーの準備に取り掛かる。

 するとセリーヌは、

「自分で作ってるの!?」と驚いた様子で声をかけてきた。

 私は当然、

「一人暮らしなんだから、当然だろう?」と訊ね返すと、

「外で食べてるのかと思ってた」と彼女は愕然と答えた。

 ここ数時間で、大分互いに打ち解け合えてきているようだ。

 まあ他人からはよくそう思われがちなのだが、私は人形たちに囲まれたこの空間が好きなんだ。だからわざわざ外食なんて事は、滅多なことがない限りは遠慮している。

 それが相当意外だったのか、感嘆の息を漏らすセリーヌは静かにテーブル椅子に腰掛け、私の行動をぼーっとした様子で眺めていた。

 その視線は多少やり辛いが、そんな彼女にお構いなく私は調理を始める。

 今夜のメニューは魚と肉二皿をメインにしたコースだ。食前酒はシャンパンを出そう。今日のために奮発して買ったものだ。自分一人だけならそんなに高い物は買わないのだが……。

 他人に料理を振舞うのは初めてだ。こうして誰かのために作る料理、というのもなかなか良いかもしれない。と、着々と出来上がっていく品を皿に盛り付ける度にそう思った。

 ――料理すること小一時間ほど。やがてスープを含む前菜二品、そして魚と肉料理が一品ずつのコースが完成した。店で食べるものに比べれば大した出来ではないが、それでも彼女のために腕を振るった品々。果たしてセリーヌは喜んでくれるだろうか……。


「ずいぶん待たせてしまったようだ。すまない」


 言いながら料理をテーブルへと運ぶ。彼女はそれを手伝おうと席を立とうとしたが、私はそれを制止した。その気持ちはありがたいが、今日の主役はセリーヌだ。ホスト側としてそれだけは譲れない。

 全ての皿をテーブルに広げ終えると、用意したグラスにそれぞれシャンパンを注ぐ。細やかな気泡が底から沸き上がり、シャンデリアから降るやわらかな照明により仄かに橙色を写す。

 シャンパンボトルを卓上に置いた私は、昼間と同じように彼女の対面に着席した。


「うわぁ……これ、全部クリスが作ったの……」

「なに言ってるんだ、君も見てただろう?」

「そうだけど……でも、凄いね」


 煌びやかなテーブル上を、彼女は瞳を輝かせながら見つめ、皿に盛られた品を順々に目で追っていく。

 普段はこんなに大した料理などはしない。食事の時間はなるべく抑え、その分人形たちへの時間を作りたいからだ。でも今日は特別だから。彼女と出会えたことが、招待できたことが素直に嬉しいし、彼女と同じ時間を過ごせることがとても幸せだ。その感謝の意味もある。


「さあ、乾杯しようか」


 グラスを持ち声をかけると、セリーヌは小さく頷いた。

 互いに目線の位置までグラスを掲げると、それぞれグラスに口を付ける。

 そうして始まった今宵のディナーは、彼女の嬉しそうな笑顔と優しい声に満ち溢れた、かけ替えのない素敵な時間となった。この屋敷で、彼女といられる幸福に私は大きな安らぎを覚える。

 だがそんな時間もあっという間に過ぎ、やがて私たちは食事を終える。

 テーブルの上を片すため、全ての食器をシンクに放り込んだ私は、食後のお茶を提供すべく準備に取り掛かった。

 するとセリーヌは椅子から立ち上がり、さも当然のようにキッチンへと入ってくる。


「洗い物、わたし手伝うよ」


 そう言って彼女はシンクの前へ。もて成されてばかりで悪いと思ったのだろうか、そんなことは気にしなくていいのに。

 彼女の気遣いは嬉しいが、招待客にさせては悪い。と、そんなホストとしての意地が邪魔をする。


「なに言ってる、君はゲストだ。そんなことはさせられ――」

「わたしやりたいの。あなたの、お手伝いがしたい……」


 言い終わる前にこちらへ向き直ると、セリーヌはほんの少しだけ声を荒げた。

 切なげに真っ直ぐ見つめる二つの蒼玉。濡れて光り揺らめく双眸は、絵画の顔料よりも美しい色をしている。

 強いて挙げるならば、オールドリーフオーナーのジャックから受け取ったドールアイ。

『ウルトラマリンブルー』と言う、最も美しく希少な色合いの碧眼。それをそのまま嵌め込んだかのような虹彩。吸い込まれそうになる錯覚と、言い知れぬ眩暈とで頭がぼーっとする。

 しばらくの間そうして見つめ合っていたが、気が付いて我に返ると、その一生懸命さに根負けした。


「分かった。君に頼もう」


 その言葉を聞いた途端、彼女はまるで花が咲いたような明るい笑顔を取り戻す。嬉しそうに大きく頷くと、セリーヌはシンク内に重ねられた食器を洗い始める。

 するとほんの少しして、視線を洗い物に落としたままの彼女が、こちらに振り向くことなく呟いた。


「こうしてると、なんだか夫婦になったみたいだね」

「――うぇッ!?」


 なにを言い出すかと思ったら……おかげでまたも素っ頓狂な声を上げる始末。

 心の準備が必要でいて、なかなか心臓に悪いことを平気で言う女性だ。


「そ、そうかな」


 そうだな、なんて気の利いたことも言えず、とりあえず曖昧な返事をしておいた。まともにセリーヌの顔を見ることなど出来るわけもないので、ちらりと目線だけ左へと投げる。

 彼女は機嫌良さそうに、鼻歌交じりで洗い物を続けていた。

 ふと目線を自分の手元に落とす。そして私はとある肝心なことに気付く。


「しまった、蒸らしすぎた!」


 唐突に発したその声に、隣にいたセリーヌは一瞬ビクつき驚いた顔をした。


「ビックリしたー。……クリスでも大声を上げることってあるんだね。意外」

「いや、私だって人なんだ。それくらいは……って、そんなことはさほど重要じゃない。それよりどうしようか、これ。恐らく、いや、きっと渋いだろう」

「いいよ、わたしは別に」

「いや、でも――」

「クリスが淹れてくれたんだもん。苦くても、きっと美味しいよ!」


 澄み切った青空のように透明な声で、セリーヌはそっと優しく微笑んだ。鼓膜で何度も木霊する彼女の音声。当然、そんな顔をされては断ることも出来ず……。

 洗い物を終えた彼女に、結局苦い紅茶を供する羽目になる。

 粗方やることも終えた私たちは、再びテーブルにて談笑に花を咲かせた。

 カップを手に持つセリーヌは、それを小さく傾け静かに口を付ける。んく、と喉を鳴らすと、おもむろにカップを受け皿に戻し、渋そうな顔をした。


「やっぱり、ちょっと苦いね」


 少しだけ舌を出して渋味をアピールするセリーヌ。私も釣られて一口啜ってみる。


「――ん、そうだな」


 言葉通りの渋味を味覚器官で感じた私も、自分で淹れたものながらに顔をしかめた。

 互いに顔を見合わせると、どちらからともなく笑みがこぼれる。笑い合う声が静かな屋敷の一室に、やわらかなランプの明かりとともに暖色を灯す。

 ふと、私はあることに気付いた。いつもなら気にならない視線のようなものを、あちらこちらから感じたのだ。

 それは背筋が凍るようなものではなく、まるで私たちを祝福しているかのような温かいものだった。ドールたちも楽しいのだろうか。

 いや、人形が生きているはずはないのだけど……。昔の殺伐とした雰囲気を思い出すと、感情があるのではないかという気さえしてくるのだ。

 ――――それから、何度紅茶を淹れ直したのか覚えていないくらいの時間が過ぎた。

 現在時刻は夜の九時を回ったところだ。その間、私たちの会話が途切れることはなかった。

 何気ない日常の話、互いの趣味や子供の頃の話。そういったごくありふれた話題でも、笑顔や共感を互いに求め合い分け与え合える。本当に素敵な女性と巡り会うことが出来たと思う。

 それと、セリーヌは人形についても熱心に訊ねてきた。失敗談や一番のお気に入り、思い出に残っていることなどだ。私だけではなく、彼らにも大変な興味を持ってくれていることを、とても嬉しく思う。

 リビング内を回りながら、これそれはこう言う裏設定がある、などと頼まれてもいないことを説明し出す、饒舌な自分に気づかされたりもした。

 だがそんな楽しい時間もとうとう終わりを迎える。


「もうこんな時間なんだ……」

「そうだな。……君と過ごした時間は、今まで経験したどんなに充実していた時間よりも、早く感じたよ」

「それって、楽しかったってこと?」

「うん。――あっ!? ……あ、ああ……」


 流れで発した頷きを慌てて言い直した私に、セリーヌはくすりと笑う。


「ふふ。わたしも楽しかったよ。クリスのいろんな一面が見られたし、お人形さんにもたくさん会えたから」

「そうか。それはこちらとしても、招待した甲斐があったというものだ」

「ありがとう」

「こちらこそ、来てくれてありがとう。……もう、帰るかい」


 その問いかけに、「……うん」と躊躇いがちに小さく頷くセリーヌは、少し名残惜しそうにリビング内を見渡す。その表情は祭りの後のように哀愁を感じさせるものだった。

 私に人形があるように、彼女には店がある。それに朝も早いだろう。

 寂しいけれど仕方がない。互いにやることがあるのだから……。


「なあに、来たければいつでも来ればいいさ」

「え?」

「幸いなことに、互いにそこまで家が離れているわけじゃない。徒歩でも十分とかからないだろう」

「いいの?」

「……なんなら、迎えに行ってもいいしな」


 頬をぽりぽりと掻きながら、セリーヌから目線を外してそう呟くと、なにやら強い視線を感じた。

 ちらりと横目で彼女を見やると、もの凄く期待を含んだ眼差しで、宝石の如く輝く瞳をこちらへ向けている。


「嬉しい……ありがとうクリス!」


 そして、満面の笑みを浮かべた彼女はいきなり抱きついてきた。


「うわっ!?」


 一瞬のことで心の準備も身構えも取れておらず、勢いそのままに組んず解れつ揃って床に倒れこむ。

 身体を鍛えていないわけではないが、背中に結構な衝撃を受けた私は、ゴホッゴホッと軽く咳き込んだ。少し顔をしかめながら片目を開けると、目の前にはセリーヌの顔がすぐ近くに。体勢としては、彼女に押し倒される格好となっている。

 吐息がかかるほどの至近距離に、刹那の速さで目を瞠った私に気づいた彼女は、距離感を保ったまま苦し紛れの言い訳を口にした。


「あ、あの、これはその……。ち、違うんだから、ね……」


 そう言う彼女の視線はあちらこちらに泳ぎ、影になっていて少し分かり辛いが、紅玉も真っ青なほど、頬が紅潮しているのが分かる。

「えっと……えっと……」と弁明の理由を一生懸命に探すセリーヌは、私の目にとても愛らしく映った。

 クスッと小さく笑んだ私は一言――――。


「なにも違わないさ」


 そう言って上半身を起こすと、薄くルージュが引かれた、形の整った薄桃色の可憐な唇を奪った。

 自分でもなにをしているのか、と多少おかしく思うところもあった。だが瑞々しくも柔らかい桃の果実みたいな彼女の唇が、そんななけなしの理性を、強風に煽られる萱葺きの家みたく吹き飛ばす。

 ほんの数秒……。ホントに触れるだけの軽い口付けだったが、時が止まったかのような錯覚を覚えるほど長く感じられた。

 そっと顔を引くと、互いの唇が離れた瞬間、ちゅっと小さな音が鳴る。肝心のセリーヌはと言うと。


「――大丈夫、か?」


 私の問いかけにも答えず、瞳を見つめると言うよりは、まるで人形が驚いた顔をしたような不自然さで目を見開き、彼女は固まっていた。


「あの、いや、これはだな……」


 今度は私の弁解タイムかと思いきや、セリーヌは呆然としたまま手を口元に持っていき、傷付きながらも繊細な指先で、自分の唇に触れる。

 そして瞬きを数回した後、彼女は目に薄っすらと涙を浮かべた。


「どう、して……?」

「えっ!?」

「なんで……キス、したの……」


 震える声で囁く彼女は、今にも零れそうなほどの溢れ出る水分で、その瞳を潤い満たしていく。

 行為に対して傷ついたのかと思った私はばつが悪くなり、咄嗟に彼女から視線を逸らした。

 あまりにも軽率すぎただろうか。


「いや……その……」


 ――――しばらくの沈黙。

 彼女が声を掛けてくる様子はない。どうやら答えを待っているようだった。

 時を刻む時計の音しか聞こえないほどの静寂……とても気まずい。雰囲気に呑まれて口付けしてしまった自分が恨めしい。傷付けてしまったのかもしれない。今さら悔やんでも仕方のないことだが。

 しかし、時期尚早だとかいって悩んでいる自分はもうお終いだ。伝えよう、彼女に、セリーヌに。この気持ちを、私の思いを――。

 気恥ずかしさと気まずさから逸らしていた視線を彼女に戻し、その瞳を真っ直ぐに見返す。唾を飲み込み、そして静かに口を開いた。


「私は――」


 不安げなセリーヌの瞳が一瞬揺れた。


「君を好きになってしまったようだ」


 女性に対し好意を抱き、その結果の告白。初めての経験で、心臓は信じられないくらいの速さで鼓を叩く。公演ですらこれほどの緊張感はない。

 セリーヌはただ黙って私を見下ろしている。


「初めて出会った時から、君に並ならぬ感情を抱いていた。それは私のドールたちを愛してくれるから、という親近感だけではない。それに気付くのに少し時間はかかってしまったが……」


 自分でも珍しいと思うほどに多弁だ。しかも緊張からか少し声も震っている。照れくさいし恥ずかしいが、これだけはちゃんと伝えたい。


「――私は君を……愛している」


 伝えた、自分の気持ちを……。出会ってまだ三日だが、日数や時間は関係ない。不思議な感覚だ。心が洗われたような、そんな清々しささえ感じる。

 泣き出しそうだったセリーヌは、言葉を聞き終えると同時に少し顔を歪めた。その瞬間、一瞬閉じた瞳から涙が落ちる。淡い照明を受けた涙粒は、天に散らばる星屑みたいに煌きながら私の頬に降った。二、三粒水の玉を落としたセリーヌは、子供のように啜り泣きながら私の肩口に顔を埋める。


「セリー、ヌ」

「う、うぅ……うあぁ――」


 耳元で聞こえる彼女の泣き声。私はどうしていいのか分からなかったが、その小さく震えるガラスのように繊細な体をそっと抱きしめた。壊れないように、傷付けないようにそっと優しく。

 しかし脆く無機質なガラスのようでいて、触れれば壊れてしまいそうなその身体は、確かな熱を持っていた。不思議なほどやわらかく温もりを感じる彼女を、抱きしめる力が無意識の内に強くなる。

 そうしてしばらくの間彼女を両腕で包み、啜り泣く声を耳に聞きながら落ち着くのを待った。


 やがてセリーヌが泣き止むと、私たちは体を起こして立ち上がる。

 彼女は恥ずかしさのあまりか、なかなか私と顔を合わせようとしない。二人の間に微妙な距離が生まれている。


「落ち着いたみたいだね」

「う、うん……」

「それで……どうして、泣いたんだ?」


 言葉にしてから気づいた。私はなんて無粋なことを聞いてしまったんだろうと。

 長年まともに女性と接していなかったせいか、そういったことに疎くなっているのかもしれない。

 セリーヌは胸の前で手をもじもじとさせながら、ちらりとこちらを見やり――そしてまた視線を逸らす。何度かそんなやり取りをした後、セリーヌは俯きながら口を開いた。


「わたしも、クリスのこと……その、す、好き、だから……」


 言い終えるとさらに頭を下げる彼女。収穫前の稲穂のようだ。相当今の表情を見られたくないらしい。

 しかし私はその言葉に胸が躍った。言い知れぬ喜びと幸福感が、満潮の海のように胸中を満たしていく。自然と顔が綻び、今にも抱きしめそうな勢いだが、そこはグッと我慢をして衝動を抑える。

 不意に、赤らめた顔を上げてセリーヌは言った。


「一目惚れだったの」

「ん? あ、ああ。私もだよ」


 上擦った声ながら咄嗟にそう返事をすると、彼女はその発端を話し始めた。


「あなたに会うまでは、あの時の男の子がクリスだって知らなかった。わたしね、あの時からあなたのこと好きだったんだ。でも相手は高貴な血筋で……。幼いながらに無理なんだって分かって諦めたの」


 そう言って微笑みながら一歩近づくセリーヌ。


「それから大人になってね、いろんな経験をして……あの時の男の子の顔も思い出せないくらい時が経った。そんなある日のことだったの。雑誌に載ってた特集記事。人形師を取り上げたものだったわ」


 さらに一歩、彼女は踏み出した。

 私はその瞳を真っ直ぐに見つめ返し、行動の果てを見守る。


「そこに写ってた一人の人形師。人形を抱いて見つめる優しい笑みを湛えたその男性を、わたしは一目見て好きになった」


 そうして踏み出した一歩により、とうとう彼女との距離はなくなった。

 目の前には、私を見上げるセリーヌがいる。春先に芽吹き、一斉に咲き誇る花のような瑞々しさが香る。

 そして小さく息を吸い込んだ彼女は、囁くように言った。


「それがあなた。これって運命、だよね?」


 告白した彼女は、はにかみながら少し傾いだ。それに合わせるように水色のワンピースが揺れる。改めて告白を聞くというのもなんだか恥ずかしいものだ。だが、彼女はもっと気恥ずかしいに違いない。

 私から視線を外しはしないが、その頬は朱に染まっている。自分の想いを告げたセリーヌ。

 よく見ればその体は少し震えていた。勇気を振り絞ったのだろう、不安もあったろう。見つめ返す大きな蒼玉が揺れている。

 ――――愛おしい。

 素直にそう思った。自然に腕が動く。そっと彼女の背中に両腕を回し、そして抱きしめた。一瞬驚いた顔をしたセリーヌだったが、同じように私の体を抱いてくれた。互いの温もりを感じ分かち合う。このまま時が止まればいいのに――本気でそう思った。

 だがそうも言っていられない。あまり遅くなりすぎても困るだろう。私は体を引き、彼女から静かに離れる。するとセリーヌは少し残念そうな顔をして、子供のように口を尖らせては拗ねている。


「いや、別に抱き合っていたくないわけじゃなくて……セリーヌも明日、早いだろう?」

「うん、そうだけど……」


 そう言うなり彼女はつまらなさそうに俯いた。


「さっき言ったろう……。いつでも、来ればいいって」


 照れ隠しで鼻を擦りながらそう言うと、横目で見やった彼女は喜色満面の笑みで大きく頷いた。


「さて、夜も遅い。送るよ」

「ありがと」


 セリーヌの肩をそっと抱き、二人で玄関へ向かう。屋敷を後にした私たちは揃ってクラウスの元へ。ハーネスを取り付けている間、彼女はクラウスの鼻筋を撫でずっと戯れていた。


「この子、クリスの愛馬?」

「ああ、クラウスって言うんだ」

「クラウス……よろしくね」


 セリーヌに撫でられ、愛馬もどこか嬉しげな顔で鼻を鳴らす。

 彼女がいるだけで、今までに感じたことのないくらいの温もりを覚える。私はもちろんのこと、それは人形である彼らも、そしてクラウスもそうだ。きっとそれを、皆が感じている。

 ――――本当に不思議な女性だ。

 馬車との連結を終えると、セリーヌをエスコートし車内へと入る。

 そうして彼女の家へ向け、夜の森へクラウスを進ませるのだった。


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