第5話 天地創造(3)

 休憩が終わり、トオルたちは再び狩りに出かけた。今度こそナギサの期待に応えるべく、トオルは率先して獲物探しに精を出した。

 トオルの得意技も投石だったが、アキラと違って彼は投石紐を使わない。威力と飛距離は落ちるが、素手で投げた方が命中精度は高いのだ。条件が揃っていればピンポイントで頭を狙うこともできる。慎重に辺りを見回しながら、捕れそうな獲物を見つけるとすぐさま石を投げた。彼の投げた石は、ハトの頭を見事に直撃する。

 結果として、トオルはカワラバトを二羽、キジバトを一羽捕獲することに成功した。他のメンバーもそれぞれ一羽ずつ捕獲し、合計六羽のハトを持ち帰ることが出来た。


 十七時頃にトオルたちが帰ると、釣り担当の二人はすでに帰ってきていた。釣れたのは相変わらず同じ魚だったが、夕食にするには十分な量だ。野菜担当は収穫を終えて、掃除をしているようだった。外では水担当が鍋で蒸留に精を出しているのが見える。一度に蒸留できる量は少ないので、夕食の飲み水にするのが限界だろう。


 トオルはひとまずナギサの元へ行くことにした。手柄を自慢するためだ。


「あ! おかえりー。なんか捕れた?」


 ナギサは宿舎の床を箒で掃いていた。トオルがハトを三羽仕留めたと聞くと、彼女は嬉しそうに目を輝かせた。


「すごーい! しかも全部石で捕まえたんでしょ? トオル石投げ得意だもんね」

「まあ、アキラには負けるよ。弓も下手だし。でも、今晩はいっぱい食べられそうだ」

「私も頑張ったよ! 野菜についた虫を取るの、大変だったんだから」


 彼女は「褒めてくれ」と言わんばかりの顔でトオルを見た。彼は「はいはい」と言って彼女の頭をなでる。しなやかなナギサの髪はいつ見ても美しい。


 食事を終え、風呂で疲れを癒やして宿舎に戻る頃には十九時を回っていた。ゆっくり雑談でもしたいところだが、今日は寝る前に聖書の勉強をしなければならない。礼拝堂に集まり、しばらく牧師の話を聞く。


「さて、今日はみなさんお疲れでしょうから、さっと終わらせましょう」


 四十代半ばくらいの男性牧師が、柔らかなほほ笑みを浮かべてそう言う。ゲンが小声で「よっしゃ」とつぶやくと、キョウコとセイジが彼を睨みつけた。牧師はそんな様子には構わず話を続ける。


「モーセの十戒はご存知ですね? では、その六番目に記されているのは何でしょう?」

「あなたは、殺してはならない」


 レイコが即答した。この手の質問に答えるのは彼女の得意分野だ。聖書のどこに何が書いてあるのか、ほとんど暗記しているらしい。


「その通りです。では、十戒は『道徳律法』『司法律法』『儀式律法』のうちのどれに当たるでしょうか? また、現代において守らねばならないのは三つの内どれでしょう? はい、あなた」


 今度はセイジがまっすぐに手を上げた。


「十戒は『道徳律法』に当たります。現代において守らねばならないのはこの『道徳律法』です」


 彼の回答を聞くと、牧師は何かを噛みしめるように二度ほどうなずいた。


「よろしい。完璧です。ということは『殺してはならない』は『道徳律法』ですから、現代でも守らねばならないわけです。そうですね?」


 全員が無言で頷く。


「しかし、生きていくために私たちは生き物を殺して食わねばなりません。アダムとイヴが神様から与えられた衣も動物の皮でした。ですから、ここで言う『殺してはならない』とは殺人を指します」


 以前も聞いたような話だ、とトオルは思った。幼い頃から何度もいろんな牧師の話を聞かされているのだから、内容が重複しても不思議はない。おそらく相手も、確認のために同じ話を繰り返すのだろう。


「ところが、こんな話があります。ある兵士が敵国に爆弾を落とす際にこう祈ったそうです。『この爆弾で戦争の終わりが早く来ますように、そしてもう一度この地に平和が訪れますように、神に祈ります』と」


 これは初めて聞く話だった。ぼんやりと話を聞いていたメンバーも顔つきが変わる。


「その兵士が落とした爆弾によって、十万人以上の人間が亡くなりました。さて、みなさんはどう思われますか?」


 しばらく沈黙が流れる。雨が降る前のような、重い空気が辺りを支配する。すると、珍しく内気なミズホがおずおずと手を上げた。


「あの……質問してもいいですか?」

「どうぞ」

「その爆弾を落として戦争は終わりましたか? ……平和は訪れたんでしょうか?」

「確かに、気になりますよね。結局、同じ爆弾が二発落とされてから戦争は終わりました。しかし、落とさなくても戦争は終結したのではないかと主張する学者もおります。これは、未だに見解が別れている話です」


 一同は再び静かになった。牧師は何を言おうとしているのだろうか。


「西洋の歴史をみると、『キリスト教徒』を自称する多くの人々が戦争に参加し、人間を殺してきました。もちろん殺人が罪であることは理解していたでしょう。その一方で、彼らは『平和』や『正義』を脅かす人間とは戦わねばならないと解釈していたのです」


 牧師は自分の話した内容が子供たちの頭に入るのを待つように、しばし間を置いた。


「先ほどの爆弾の話に戻りましょう。殺された十万人が『平和を脅かす者』だと判断したのは誰でしょうか?」

「……爆弾を落とした兵士。あるいは彼の所属していた国の人々でしょうか?」


 今度はマサルが慎重に答えた。まるでピースの合うパズルを探し当てるように。牧師はあくまで笑顔を保ちながら人差し指をピンと立てた。


「その通りです。つまり、彼、あるいは彼らは自らの判断で十万人を『平和を脅かす敵』とみなして殺害したのです。二発目の爆弾が落とされた町には教会もあり、やはり『キリスト教徒』を自称する人々が居ました。これは……」


 牧師はしばし言葉に詰まった。どう表現すべきか悩んでいるようだ。


「なんというか……愚かな話ではないでしょうか」


 再び沈黙が訪れた。はじめの方の和やかな雰囲気は跡形もなく消え去っている。そんな様子に、牧師は少し慌てたようだ。穏やかな笑みが一瞬崩れる。


「ああ、すみません。なんだか重たい感じになってしまいましたね。つまるところ、私が言いたいのはこういうことです。『安易に人が人を裁くべきではない』たったそれだけのことですよ。『一度も罪を犯したことのない正しき者だけこの女性に石をぶつけなさい』という言葉もありますよね」


 牧師は大きく深呼吸してから、当初の柔らかな微笑みを取り戻した。


「みなさんは今まで仲良くやってきたようですし、そんなに心配はしていません。ですが、人は放っておくと罪を犯してしまうものです。もしかしたら、誰かに敵意を抱くことがあるかもしれません。そんな時は今日のお話を思い出してくださいね」


 そして、最後にこう付け加えた。


「何度も聞いているでしょうが、『道徳律法』は全ての人が恒久的に守るべき義務です。安易に誰かを『敵』とみなして殺すことは律法に反します。正しき信徒であるためにも、そのことをお忘れなく」



 こうして、牧師の話は終わった。一時間はあったように思ったが、時刻はまだ二十時前だ。一同の浮かれた気分はすっかり吹き飛び、皆神妙な面持ちでホールに集まった。ハルナはすでに眠そうだったので、ミズホが部屋まで送っていった。ゲンとアキラも神妙な雰囲気が嫌になったのか、先に部屋に戻ってしまった。


「あなたは、殺してはならない」


 レイコが唐突につぶやく。トオルがどう反応すべきか悩んでいると、ヒデアキが答えた。


「でも、イエス様は『私は剣をもたらすために来た』とも言っているよね」

「そう。だけどそれは『私を信じることで、剣を向けられることも覚悟しろ』という意味だって、前に牧師様が言ってた」


 レイコがこれだけ長いセリフを口にするのは珍しい事だった。いつもは一言か二言しか話さない。


「まあ、俺たちは何も心配ないさ。なあ、トオル?」


 マサルがそう言いながら、トオルの肩に手を置いた。トオルは「ああ」とだけ言った。それ以上何を言えばいいのかわからない。チトセも無言で頷く。だが、そのまま会話は続かず、二十時半には解散となった。トオルはナギサを部屋まで送る。


 ところが、ナギサは部屋の前で立ち止まってなかなか自室に入ろうとしなかった。声をかけても黙っている。他のメンバーが部屋に入ったあと、ようやく彼女は口を開いた。


「トオルは……私の事、愛してるよね?」


 あまりに唐突だったので、彼は一瞬返答に困った。ナギサが不安げな顔で再び尋ねる。


「愛してる……よね?」

「うん……もちろん。急にどうした?」

「あ、なんかね、さっきの話を聞いてたらちょっと怖くなちゃったんだ……」

「というと?」

「別にトオルを疑ってるとかじゃないんだけど……。でも、他の人が本当に何を思ってるかってわからないじゃない? みんなそれなりに仲は良いけど、やっぱり誰かを憎んじゃうことだってあるだろうし……」

「そっか。でも、俺はナギサが好きだし、みんなのことだって嫌いじゃないよ。全員と友達ってほどではないけどさ」


 彼がそう答えると、ナギサは安心したように笑った。


「良かった。あ、もちろん私も愛してるよ。トオルのこと!」


 そう言うと、彼女は恥ずかしいのを隠すように素早く部屋へと入っていった。


「……ありがとう」


 閉められた扉に向かって、トオルは小さくつぶやいた。

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