第4話

 翌週はもう新学期が始まりました。

 私は、日曜日が来るのを待ちわびて、また上流まで行ってみたんです。でも、何度行っても彼女には会えませんでした。もう学校が始まっているんですものね。

 ── 十六歳の、私の夏はそれで終わったんです。

 

 そして十七回目の夏がやってきました。

 私は夏休みに入ると、すぐに上流に通いだしました。あの場所へ。毎日です。もちろん彼女にまた会えるのではないかと思ったからです。

 ── 彼女は、来ませんでした。

 いちども会わないんです。去年みたいに行き違いになっていたということもないんです。こちらは毎日来ているわけですから。それでも、会えませんでした。

 八月も半ばを過ぎました。私の肌は何度も皮がめくれ、ひどいことになっていました。ほとんど火傷のような状態です。痛くて痛くて、風呂に入るのも一苦労でした。それでも毎日上流へ通いました。

 そして、八月もあと数日という日、彼女を見ました。

 その日も夕方ちかくまで川べりにいて、あきらめて車道へ登ってきたんです。それから、なんという理由もなく、さらに上流まで自転車を漕いでみたんです。どうしてそんなことをする気になったのかは分かりません。一種の勘のようなものだったのでしょうか。

 そうしたら── 彼女の自転車が停まっていたんです。白いあの自転車です。私はしばらく呆然とその場に立ちつくしていました。目にしているものがすぐには信じられないんです。

 五分も経つか経たないかというときです。斜面を人が登ってくる物音が聞こえてきました。

 あわてて自転車をもっと先まで進めました。十五、六メートルも行くとちょうど掘っ建て小屋がありました。凍結防止剤なんかが入っている物置きです。私は自転車から飛び下り、壁に張りつくようにして白い自転車のほうを窺いました。

 女の子が登ってきました。

 間違いなく彼女でした。よく日焼けしていました。髪は去年よりすこし長いように思えました。ずいぶん大人っぽくなったようにも見えました。

 彼女は自転車の鍵をはずし、髪を手グシで大まかに整えました。私の頭のなかは奇妙なほどしんとしていました。そのなかでカシャン、という音が響きました。彼女がスタンドを起こした音です。

 行ってしまう、と思いました。

 でも声は出ませんでした。それでも、ある決定的なことを私は感じていました。

 彼女はサドルにまたがりました。ペダルに足をかけました。自転車が動きだしました。去年より長くなった後ろ髪が風になびきました。記憶のなかの彼女の匂いを嗅いだような気がしました。ひなたに生えた若草のような、あの匂いです。

 気がつけば、私はその場に立ったまま涙を流していました。

 表情はたいして崩れないんです。ただ、涙だけが後から後からひとりでに落ちていくんです。

 そうです、彼女は、。そこを通り過ぎ、もっと先の場所まで来ていたんです。

 私は遠藤周作の「白い人」を読みました。分からぬままにドストエフスキーを読み、ダンテを読みました。シュティフターもやっと探し当てて読んでみました。だけどもう、彼女にそれらの感想を伝えることはできないのです。

 私はもちろん、彼女に好きだとも交際してほしいとも言ったわけではありません。だけどこのときほど、失恋、という二文字を意識したことは後にも先にもありません。私は小屋の陰に身をひそめたまま、一人っきりで涙を流しつづけました。


 ── 話をここで終われば、少年のころの淡い恋物語になるのでしょうが、もちろん後日談があるんです。

 私は、彼女の姿をもういちど見たいという想いを抑えることができなかったのです。それで、彼女の新しい場所へまた行ってみたんです。通いだして三日目に、白い自転車が停まっているのを見つけました。昼をすこし過ぎたばかりだったと記憶しています。なるべく音を立てないように、斜面を下っていきました。中ほどまで下りたところで両足がガクガクしてきました。音をさせないように傾斜を下りようとすると、いつも以上に腿の筋肉を使うことをそのとき知りました。それでもなんとか平地までたどり着きました。その場所もやはり草原くさはらになっていて、すぐ川が流れているわけではありませんでした。晴れあがった空の下、腰のところまである草を掻きわけながら、ゆっくりと進みました。草と草がこすれあう音を聞いていると、鼓動が早くなっていくのが自分でも分かりました。何か、やたらと怖くなってきたんです。それでいて、頭のなかはどこか空ろです。むせかえるような草いきれのなか、掻きわける両の手のひらに緑の弾力を感じつづけました。かなりの距離を歩いたと思います。そして、

 彼女の姿を見つけたんです。

 シートの上に、シャツやスラックスが畳んで置かれていました。その横に紺色の水着もありました。

 彼女は、何も身に付けず、生まれたままの姿で水のなかを泳いでいました。

 対岸の岸壁がやたらと奥まったところにありました。信じられない広さを持った淵でした。陽光が狙いすましたようにそこに降りそそいでいました。流れはほとんどないように見えました。

 木々が逆さになってきれいに映っている部分があって、その絵を繊細にくずしながら水とからみあい、泳いでいました。私は自分が誰なのか、どこにいるのかも分からなくなったまま、その光景を呆然と目に映していました。

 水にひたった裸の手足はじっさいより白く見え、屈折のせいで形がゆらゆらと曖昧になります。泳ぐ後ろを光の粒が無数に付きしたがっているのも見えました。水面のわずかな波立ちのせいなのでしょう。まるで彼女の体からきらめきがこぼれていっているみたいでした。

 水のなかでうつ伏せていたかと思うと仰向けになり、頭とお尻の向いていた方向もくるりと入れかわります。水中でゆっくりときりもみする。ゆらめく腕が円をえがく。まるで不思議な舞を舞っているみたいに。

 川面かわもから水滴がはね上がるのも見えました。その一粒一粒が見えました。陽光に透け、きらめき、ゆっくり、ゆっくり、水面へと落ちていきます。彼女は水に浮かんだまま首をそらし、遠くの空を見上げました。鼻すじも、頬も、かたちのいい顎先も、きらきらと濡れていました。唇が幸せそうに微笑んでいました。

 私は生い茂る夏草のあいだからそんな光景を見ていました。。ですが、いつしか私の目には晴れわたった一面の青さが映っていました。心地よい水の冷たさを全身で感じていました。空を見上げたまま瞼をしぼったりゆるめたりすると、まつ毛にからまった水滴のせいで陽射しが複雑に伸縮し、四方へと激しく飛びちりました。水に浮かんだまま体の向きを変え、太陽をあおぎました。閉じた瞼の裏側が一瞬にして明るいオレンジ色に染まります。目をきつくつむるとオレンジ色が濃い紫色に変わり、ゆるめるとさらに明るい朱色に弾けました。あぁ、と私は恍惚のため息をもらしました。あぁ、と。水のなかにあった左右の手のひらを反射的に腕ごと空へ振り上げました。すると、両腕を上げたかっこうで上を向いている彼女の笑顔が見下ろせました。私はゆっくりと落下していき、彼女の顎先をその正面に見、のどを見、裸の乳房を見、そして水面へと落ちました。私は一粒の水滴になっていました。今は淵に含まれた水の一部でした。川の水が私でした。彼女の全身をやさしく包み込んでいました。

 つぎに気づいたときには水に浮かんだ彼女の姿が米粒ほどに見えていました。私は遥かな高みから淵全体を見下ろしていました。そのまま彼女目がけて降下しました。私は陽光でした。彼女の裸の肩先で幸福に飛びちりました。

 私は木々になって風をはらみ、花になって咲き、鳥になって宙を舞っていました。翼を持った自らの影がときおり川面に映り、薄くなり、またくっきりと形をとったかと思うと視界から消えていました。つぎには水の冷たさを感じていました。冷たさを感じている私は彼女であり、清らかさを誇らしく思っている川でもありました。花をすることがどれほど深い愛情であるかということも直接的に感じとれました。咲くことによって生きとし生ける同胞どうほうたちを慰め、励ましているのです。いえ、そんな想いすらも超えているのです。なんの見返りも求めず、いつくしみの想いだけが、ただただ無欲に吹きひらいているのです。

 私は空としてそれらすべてを高みからとらえてもいました。私は彼女もしていましたから彼女の心のなかもよく分かりました。停まっている私の自転車を見ながらそこを通り過ぎるときの彼女の心の傷みも感じ取れました。彼女は私のことを嫌っていたというよりも、一人っきりになることを、そのときの私以上に強く求めていたのです。肉体のことも精神のことも忘れ去る時間が私以上に必要だったんです。肉体でも精神でもないものになる時間が必要だった。彼女の感じていた幸福感とは、本質的なものとひとつであることを思い出す幸福感だったのでしょう。そうなのです。一人っきりになるつもりが、結果的に彼女は、すべてとひとつにつながっていることを思い出してしまったのです。いえ、すべてとひとつというよりも、ひとつのものがすべてをしていたということをです。彼女自身、その体験の意味するところを十全に理解しているわけではないことも感じ取れました。ただ、そこから込み上げてくる絶対的な安らぎを彼女は何度も何度も味わいたかった。そのなかに在り、そのもので在りたかった。そのためには── 矛盾するようですが── 物理的に一人っきりになることがどうしても必要だったのです。私がそばにいて、私と会話をしながらでは、どうしても駄目だったのです。

 私たちより遥かに偉大である存在は、私たちより遥かに偉大であると同時に、私たちと根源的には同じものであるという絶対的な安らぎを彼女は感じたかったのでしょう。ひとつの存在が、私、として掛けがえのない私をしているのだということも直覚的に感じ取れました。たったひとつの存在が、いまこの瞬間、私、として現れ、彼女、としても現れているということがです。私もあなたも彼も彼女も究極的にはそんな区別などないのだということが意識のなかで眩しく照り渡りました。本来ひとつでしかない存在、が、無数の私たち、になることによってそのすべての感情を経験するのでしょう。私たちが日々こころに感じる喜びも哀しみも傷みもです。そのすべての一瞬一瞬を、です。そうすることによって、始まりも終わりもない、始まりが終わりで、終わりが始まりであるかのような、無限の成長・成熟、拡大の途方もない物語が、次元を超えて繰りひろげられているようなのです。


 私、に意識が帰ったとき、自転車にまたがっていました。ペダルを漕がないまま、車道を下っていました。左側に樹木の繁りがあり、右側は谷でした。山々が色を薄めて遠くに見えました。視線を上げると、夕映えの空がひろがっていました。ついさっきまで私自身でもあった、すべてを見守る空、です。


 十七歳の夏、そんな体験をしました。もちろんこれは私の人生にとって、とてつもなく大きな意味をもつ出来事でした。それまで抱いていた厭世観えんせいかんのようなものが百八十度変わってしまいました。吹き飛んでしまったのです。

 そうです。同い年である彼女もまた、あの日、〝あれ〟を体験していたのです。


 広島市に原子爆弾が投下されたのは、国民学校の一年生、七才のときのことでした。朝の八時十五分。地上600メートル上空で炸裂し、爆心地周辺の温度は一気に3000度まで達したそうです。私はちょうど通学途中で、爆心地から二キロと離れていない場所を歩いていました。石造りの高い壁があり、私はその石垣に沿って歩くのがいつもの癖でした。結果的に、それで熱線の直撃をまぬがれたようなのです。奇跡的なことだそうです。そのときの広島市の惨状といったら、それはもう、地獄です。みなさまも記録映画等でごらんになっているでありましょうから、くどくどと申し上げません。坂本はつみちゃんという八才の女の子が書いた、『げんしばくだん』という詩があります。

 

  げんしばくだんがおちると ひるがよるになって 人はおばけになる 

 

 私は、これ以上に胸がえぐられる詩を知りません。この子も見たのです。このとおりなのです。まさにこのとおりです。爆風で舞い上がった粉塵ふんじんで太陽の光が遮断され、あたりはしばらく真っ暗になったのです。まるで真夜中のようにです。視界がわずかに晴れると、灰色に煙ったなかを〈おばけ〉になった人々が呆然と歩いている。両腕を前に差しだし、はがれた皮膚を指先から垂らしながら歩いている人びとの光景を私は忘れることができません。息がまだあるのが不思議なくらいに焼け爛れた姿となって地面に横たわった女性が、「水をすこし飲ませてもらえませんか」と丁寧に言った、あの細い声も忘れることができません。

 私も、両親と兄、妹のすべてを八月六日に失いました。みな心の優しい人たちでした。戦時中でも父と母は明るさを失いませんでした。少なくとも子どもたちの前では暗い顔を見せないように努めていました。高校まで卒業させてくれたくれ市の親戚にも、本当に感謝しております。当時、まだ貴重だった自転車まで買い与えてくれたのですからね── 。

 ── ずいぶんと長い話になってしまいました。このあたりで終わりたいと思います。── 私の考えを述べます。今夜、みなさまが話されたテーマ、問いかけ、に対する私の答えは、

 YES、です。もちろんYESです。YESですとも!


 そのとき、彫刻家が畳から立ち上がった。画家のところへ歩みより、両手をさし出し、画家の手をしっかりと握ったのを僕は覚えている。画家もはにかんだような笑みを浮かべてその手を両手で握りかえした。彫刻家は涙をこらえているようにも見えた。四つの手のひらが何度か上下にゆれた。彫刻家は、画家が被爆者であることを知っていたのだろう。それを知っていて、その夜のテーマを振ることは彫刻家にとっても勇気のいることだったはずだ。しかし画家は「YES」と答えた。もちろんYESだ、と── 。

 画家はそのあとも短く話した。

 その後、上京し、貧しいながらもなんとか絵をいて生計を立てられるようになったこと。自分のえがきたいのは戦争経験ではなく、十七歳のときのあの体験であること。しかしそれは彼女と、そして森羅万象とひとつになったかのような不思議な体験そのものではないということ。私がえがきたいのは、と画家は言った。

「私が描きたいのは、意識がもどり、自転車にまたがっているのに気づくまでの、〈完全な空白〉のほうなのです。。自我はなくなっているが個々の対象物── 彼女や、花や水や光や── になっている意識はあり、恍惚も感じているあの川原での体験ではなく、対象の意識もなくなり、心の作用もすべてが消失した、何もかもがなく、そして本当の意味で何もかもがあったであろう、あの〈完全な空白〉、あの〈完全な空白〉そのものを私はえがきたいのです」

 彫刻家は、張りつめすぎてきた場の緊張感をゆるめようと思ったのか、笑みを含めた口調で返した。

「しかし、それは不可能というものでしょう。〈完全な空白〉を描く、なんていうことは」

 そのとおりです、と画家は真顔でうなずいた。だから私は──

「だから私は、。絵を描かないことによって、私はやっと本物の画家に近づくことができたのです」


 もちろんあの画家がある種の狂人であった可能性は否定できない。川原で精神錯乱を起こし、幻覚を見、それを神秘体験ととらえ、狂ってしまったのだ。あるいはすべてが作り話であった可能性もないことはない。何のためにそんなことをしなければならないのかは分からないけれど。

 

 僕はそののち横浜も離れ、引っ越しを繰り返し(長崎に住む友人と出会ったのは北鎌倉だった)、故郷である宮城県へ戻った。十七年前のことだ。僕は現実的になり、地に足をつけた生活をしようと心を決めた。就職し、事務職に就いた。同僚の女性と結婚し、娘もできた。そして去年──

 三月十一日を迎えた。

 空襲や原子爆弾の投下というのは胸が潰れるほど辛いことではあったが、僕らの世代にとって(それも広島にも長崎にも生まれなかった人間にとって)、それは歴史のなかの出来事であり、記録フィルムのなかの映像でしかないのも事実だった。

 しかし唐突に、地獄は目の前に広がっていた。そこに地獄そのものがあった。〝現実的に〟も〝地に足をつけて〟もなかった。押し流されたのだ。燃やし尽くされたのだ。特撮映画のように。完膚なきまでに。

 ── あれから、二度目の夏が来ようとしている。

 妻と娘の一周忌を終えたばかりの僕に、長崎の友人もこの「問いかけ」をすることは勇気のいることだっただろう。かなり奇矯なところもある友人ではあったが、根は思いやり深い、繊細すぎるほど繊細な男であることを知っている。

 ── この世界は善か?

 二十年前の夜、彫刻家がかかげたテーマと、それはまったく同じものだったのだ。

 もちろん僕には分からない。分かるわけがない。はい善です、と言えるわけもない。〝夢想〟も〝現実的〟も、すべてが押し流され破壊しつくされた今、いっさいがもう信じられないのだから。

 長崎の友人は定期的に手紙をくれる。変わり者の彼は電子メールではなく手紙を書く。「どうしても携帯電話を持たなければならなくなって購入したがたいてい押し入れの奥に突っ込んである」とわけの分からないことを数年前の手紙にも書いていた。僕も手書きでの返事に付き合っていた。

 友人は小説家だ。まだ本は出版されていないから小説家志望、というべきか。

 いや、俺は小説家だよ、と友人はいつかの手紙に書いていた。死ぬまで書くし、死んでからも書くからな、と。「ほとんど小説のことしか考えてないし、小説以外のことは考えたくもない。最近では俺が小説なんじゃないかと思うことすらある」── わけが分からない。

 だがじっさい、彼は小説家だと思う。僕も鎌倉に住んでいたころ創作の真似事をしていたことはあるが、彼と出会い、彼の書いたものを読み、打ちのめされた。こういった人間を作家と呼ぶのだろうと思った。思考回路がまるでちがっているのだ。それは快感をともなうほどの奇妙な敗北感だった。

「一般的な意味での才能だったら君のほうがあるさ」、同い年の彼はそう言った。「でも才能だけじゃだめだ。才能より大切なものがある。それはほとんど不幸に近いものだ。そしてやっぱり幸福にも近いもの。幸福なほど呪われている、とでも言うかさ。それを持っていることが才能と言えば才能なんだよ。超才能、つうかさ」── わけが分からない。

「けっきょくココはいろんな感情を感じるためにあるんだと俺は思うよ」と彼は手紙に書いていた。「感じるだけ感じて、ぐちゃぐちゃにボロボロになって、そして何かをしなければならないんだ。動かなければならない。それでも行動しなければならないんだよ。自殺するのがしゃくならさ。ついでに言っとくと自殺したぐらいじゃ逃げられないと俺は思うよ。そんな甘やかしちゃくれねえだろう、って。ココで動かなければならないんだ。行動しなければならない。それも馬鹿な行動であればなおいい。ココは心おきなく馬鹿なことをする、馬鹿をするための場所なんだ。だからこんなことをしたら馬鹿だと思われるんじゃないかと躊躇するのはおかしいんだよ。だってココは馬鹿なことをしていい、馬鹿なことをするための場所なんだから。いろんな感情を感じるだけ感じて、同時にシリアスに受け止めすぎず、行動するんだ。行動しようぜ。まわりの人間までつい笑っちまうような、ハッピーになっちまうような、思いっきり馬鹿げた行動をさ」

 

 僕は友人のくれた手紙を緑色の封筒に戻し、仮の住まいの寺を出た。初夏の光が降りそそぐ外を歩いてみた。被害の甚大だった場所からそれほど離れているわけでもないのに、ここにはまだ変わらぬ日常があった。しっかりとした地があった。二本の足を交互に前に出し、その地面を踏みしめて歩きながら、俺はなぜまだ生きているのだろうかと考えてみた。そして彼らはなぜ死んでしまったのだろう。死ななければならなかったのだろう。

 古くからある民家が建っていた。陽射しが埃っぽい土の道を照らしていた。木々の葉々がその一枚一枚に光をのせ、風にふるえていた。土の香りがなつかしいような角度で鼻先へ届いた。

 見上げると、夏の空があった。 

 明るく澄んだ空。見たところは震災以前と何ら変わらない空がひろがっていた。子どものころとも、画家が川原で見上げた空とも何ら違わないであろう空があった。原子爆弾が落とされようと、水素爆発が起ころうと、昨日までの日常が破壊しつくされようと、空は空であることをやめようとはしていなかった。

 この世界は、まだまだつづいていくのだな、── そう思うと、笑いに似た形に唇がねじ曲がった。

 俺はなぜあのとき会社などにいたのか? なぜすぐに帰らなかったのか? なぜ馬鹿みたいな書類をパソコンで打ち直していたのか? 妻と固定電話がつながったのに、「念のため二階にいるように」くらいでなぜ済ませてしまったのか? なぜ見なれた海があんなに持ち上がったのか? なぜ黒い波となって押し寄せなければならなかったのか? 何のためにあんなことが起こったのか? あれほどの理不尽がなぜ許されたのか? 誰が許したのか? 誰が起こしたのか? いったい誰が許可したんだ? 

 ── この世界は善か? 

 もちろんNOだ。

 善でなどあるわけがない。── それでも、あれからたくさんの人たちの支援によって自分は生き延びてきた。それは、事実だ。もう、分からない。何もかもが分からない。正気を失ってしまいそうだった。正気を失ってしまいたかった。あの画家が言っていたことも今となっては戯言たわごとに思える。やはりたんなる狂人だったのだろう。そうでなければ聖人をきどったペテン師だ。

 俺はいったい何をすればいい? 大いなる存在とやらがいるのならなぜまだ俺をする? 俺は何を感じればいい? 俺を通して何を感じたい? 成長? 拡大? 罪もない女や子ども、老人や動物までをも水責め火責めで虐殺し、それでいったい何の成長だ? 何の拡大になる? ええ? 誰か教えてくれよ。

 いったいここはなんなんだ! 

 うつむき、土の路面に目を落とすと、黄色いものが見えた。そこに陽が当たっていた。道ばたに咲いた花だった。細い茎に支えられ、わずかな風に花冠かかんがゆれている。薄い、花びら。ひらいていた。膝の力が急激に抜けていき、しゃがみ込んだ。じっと見た。口をあけて馬鹿のように見た。五枚の花びら。葉っぱはハート形をしていた。

 娘は、花が好きな子だった。花が咲いているといつも喜んだ。お花お花と喜んだ。お花お花と言っていつも顔中を笑顔にしてこちらを見上げた。妻と二人、胸のなかがいつもいっぱいになった。「このお花の葉っぱはね、夜になると閉じちゃうのよ」、妻の声。そうだ、この花だった。妻は娘にそう説明していた。「ふうん、ねんねするのね」「そう 、ねんねするの。みんな夜はねんねするの。お花さんもいっしょね」。かがんだまま花を見つづけた。ひらいていた。ひらいていた。黄色くひらいていた。雲が太陽を隠したらしく、その黄色が翳った。そして右側から明るさを取り戻していく。花びらの黄色がまぶしいほどに、また照った。

「俺はこの数日のうちにまた旅に出ることになる」、友人は届いたばかりの手紙に書いていた。「アジアだけじゃない。こんどのは少し長い。地球を可能なかぎり見てくる。感情を可能なかぎり感じてくる。悲惨なものをまたたくさん見ることになるかもしれない。それでいい。そのために金をためてた。三年間帰らない。そのあいだに長編小説を一本仕上げる。小説を書くことが俺の答えかただ。小説のなかに答を書くんじゃない。小説を書く、という行為そのものが俺の答えかたなんだ。三年たったら必ず帰ってくる。出来上がった小説を君にいちばんに読んでもらう。いいか、三年後だ。きっかり三年後、君は必ず俺の小説を読むんだ。約束したぞ」  

 上体を起こし、立ち上がった。反射的に上着のポケットから携帯電話を取り出した。長崎の友人にメールを打った。彼は携帯電話を押し入れの奥にいつも突っ込んでいることを思い出した。それでもメールを打ちつづけた。送信した。

 ── これからそっちへ行ってもいいか。はなむけの言葉を贈ってやる。これからそっちへ行くぞ。

 携帯電話が震えた。ほとんど送信すると同時に震えた。

 彼からだった。たたんだケイタイをまた開いた。読んだ。一年ぶりに、小さくだが声を出して笑えた。目に涙がたまっていたらしく、笑った拍子に頬をつたったのが分かった。

 彼の返事も短かった。ひとことだけが打たれていた。ただひとことだけ、

 ── YES、と。




















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

YES 智(とも) @blueanatatowatasinohonn

フォロー

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のタグ

阿刀田高選「奇妙にこわい話」優秀賞受賞、佳作受賞(共に光文社文庫収録)。銀華文学賞佳作受賞2回。太宰治賞二次選考通過。群像新人文学賞、新潮新人賞、小説宝石新人賞一次選考通過。「文芸思潮」57号に小説…もっと見る

近況ノート

もっと見る

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

Androidでは正しく
設定できないことがあります。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

新規ユーザー登録無料