第3話

 私はいつものように川縁にシートを敷き、あお向けになったまま少しうとうとしていました。

 かさっかさっ、という足音がしました。最初は川の流れる音だと思ったんです。川音というのは、意外と複雑なものですからね。人が何人かでしゃべっているようにも、歩いているようにも聞こえることがよくあったんです。そのときもそうだと思いました。ですが、耳をすましますと、やっぱり人が歩いてくる音のようです。私の頭の方角から音はします。私は目をあけ、肘で上体を起こし、肩越しに振りかえってみました。

 女の子がいました。

 私と同い年くらい。十六、七歳の女の子です。やっぱり草原くさはらを掻きわけて来たんでしょうね。急勾配も下ってきたんでしょう。すぐには信じられませんでしたが。

 女の子も放心したような顔をしてその場に立っていました。人がいるなんて思いもしなかったんでしょう。私も同じような表情を浮かべていたのだと思いますよ。

 その子は黒いスラックスをはいていました。ジーンズなどはまだ一般に出回る前の時代です。上は半袖の白いシャツ。やわらかそうな生地でできたカバンを肩から斜めがけにしていました。細い腕も顔もきれいに日焼けしています。襟もとで揃えられた髪が光を受けてきらめいていました。

 ひたいに汗の粒を光らせ、胸もともぐっしょりと濡れていました。女の子の顔に、困惑というか逡巡というか、複雑な色が浮かんできました。目が合ってしまったし、あわてて引き返すのもどうかと思ったのではないでしょうか。取り乱すふうではなかったのですが、どうしていいのかわからないという面持ちでした。

 私は思いきって話しかけてみました。

「ここで、くつろごうと思ってたの?」

 川の音がけっこう大きいですから、負けないような声で言いました。女の子は黙ったまま頷きました。「この川原で?」と私は自分が坐っているところを指で示しました。女の子はまたこくりと頷きました。私はどういうわけだかその子の生真面目な反応が可笑おかしくなってきて、小さく声を出して笑ってしまったんです。すると女の子も笑ったんです。相性の良さというのは何でもない一瞬で分かるときがあるものですよね。そのときもその子の笑い顔を見て、私はいっぺんに親近感を覚えました。私は言っていました。

「じゃあ、いっしょに寝ころがろうよ」

 ── 今、そちらの男性のかたが笑われましたが── 本当にそうですよね。いっしょに寝ころがろうよ、とはずいぶん大胆な物言いです。ですが、そのときの私には、そんなふうには思わなかったんです。ごく自然にそう言っていたんです。私は女の子と気軽に話せるようなタイプではありませんでした。いま考えましても不思議です。

 女の子は砂地の上を近づいてきました。白い運動靴に太陽が反射しました。光の粒子が一歩ごとに飛び跳ねていました。

 あらためてよく見ると、きれいな子なんです。華やかな顔立ちというのではないのですが── 小さなころ遊んだ公園へ訪れたような── 胸にかすかな傷みが走る美しさなんです。眉のかたちが哀しそうで、目のかがやきはそれでいて強いんです。

 彼女は服の下に、もう水着を着ていました。するするとシャツとスラックスを脱いでいったんです。私は目を丸くしてそれを見ていました。下がスカート状になったワンピース式の水着です。当時の流行はやりだったのでしょうね。色は紺でした。彼女はカバンをあけてシートを出し、私のすぐ横にひろげました。

 最初にも言いましたが、この話は初めて人さまに話すのですが── 話してみると何だかありえない話にも聞こえますね。だけど、そのときはそうは思いませんでした。展開に驚いてはいましたが、同時にごく自然なことのようにも思えたんです。もちろんまだ異性と交際したこともない十六歳の男の子です。体がふわふわしていました。手を伸ばせばすぐ届くところに、水着を付けただけの女の子が寝ているわけですからね。それでも、こうなるのが当たり前のような気もしていたんです。

 その子のほの甘い体臭もときおり風が運んできました。汗をにじませた肌を太陽が焦がす、何とも言えないいい匂いです。ひなたに生えた若草の匂いに似ているような気もしました。

 彼女といろんな話をしました。彼女も私と同じように本が好きでした。いえ、私など足もとにも及ばない読書家だったのです。独歩もワーズワースも立原道造も知っていました。谷崎を読み、芥川を読み、太宰治は全作読んだと言っていました。太宰が自死したのがまだ七年前という時代です。ゲーテを読み、リルケを読み、ドストエフスキーも手に入るだけ読んだそうです。ダンテの「神曲」を三回読んだと言われたときは、あっけにとられてぽかんと口をあけてしまいました。『地獄編』が好きだったのだが『天国編』の良さがやっと分かってきたと言われましても相づちの打ちようもありません。今回芥川賞を受賞した「白い人」をどう思うかとも聞かれたのですが、私はまだ「白い人」を読んでいませんでした。彼女は、あなたの本の好みだとシュティフターなんかも意外と気に入るかもしれないと言ってくすくす笑うのですが、シュティフターなど名前を聞いたこともありませんでした。なんのことやらわからぬまま、私もいっしょになって笑いました。

 不思議と嫌みな感じは受けませんでしたね。彼女もそのとき十六歳だったんです。十六年間ずっと本だけ読んで暮らしてきたのではないかと疑いたくなりましたが、嫌な気にはなりませんでした。彼女にとって本を読むことはごく当たり前のことなのだろうという気がしたのです。そうしないことには日々をうまく乗り切ることができなかったのではないか、とも。

「この川原にはよく来るの?」と私は聞いてみました。驚いたことに、彼女は週に二、三回はこの場所に来ているというのです。私もここを見つけた八月の始めから週に二、三回は来ていたんです。その日は八月の最後の週でした。今まで偶然、かち合わなかったんですね。うまく代わる代わるここを使っていたことになるんです。

 私たちは並んで寝転がったまま、話をしました。二人とも空へ顔を向けていました。声だけが青空へ昇っていくような感じです。ひとつはそれも話しやすかった要因なのかもしれませんね。女の子の声は細く、時どきふるえ気味になり、神経質な感じはありましたが、性格の温かさも感じ取れました。声が青い空を背景にしてしばらく浮かび、それから遠いところへゆっくりと吸い込まれていくんです。胸がしぼられるような切なさが走り、私は目を閉じてその痛みに堪えなければなりませんでした。

 あお向けが暑くなってくると、二人でうつ伏せになりました。どういうわけだかあお向けのときより幾種類もの水音が縺れあって聞こえてきます。その音に自分の心臓の音がかさなりました。十六歳の、若い心臓の鼓動です。

 すぐとなりの同い年の異性は、重ね合わせた手の甲の上に自らの頬をのせていました。汗をいっぱい伝わせた顔は、下まぶたのあたりが少し上気し、目が細められ、微笑わらっているような表情になっていました。なめらかな腕も汗で濡れています。肌の肌理きめに細かな光の粒が入り込んで、前腕から肘を曲がって肩先のほうへと白い光のすじを描いていました。女の子のわずかな体勢の変化で、その線がきらめき動きます。宝石の角度を変えるみたいに。そのきらめきに目をやっていると、私は息苦しさを覚えました。

 またあお向けになりました。雲がゆっくりとかたちを変えながら空を移動しています。私はずいぶんとリラックスしてきて、より自然体で話せるようになっていました。女の子の声も親密さが増してくるように感じられます。私は、どうしてこの場所にいるとこんなに安らぐんだろう? と、汗の玉をいっぱい浮かべた女の子の顔を見ながら聞いてみたんです。彼女の横顔がにじみ、一瞬、斜めに大きくふくらみました。私のまつ毛にも汗がくっついていて、レンズの働きをしたせいです。彼女は言いました。

「自分が肉体というものを持っていることや、精神というものを持っていることを忘れられるからだと思います。わたしがわたし自身のことを完全に忘れているとき、わたしは幸福を感じる。肉体でも精神でもない何かが幸福を感じるんです。そしてその何かは── すべての命ととつながっている。あなたとも── アメリカの人たちともです。だから、この世界には敵も味方もなく、国、なんてものもないんです。あるのは── あるのは、どことも知れない時空に浮かんでいる、ぽっかりとした〝謎〟だけです。そしてその〝謎〟は、本来、悪意というものを含んでいないように感じます」

 そのときの私には彼女が何を言っているのか分かりませんでした。どうして私がアメリカの人間などとつながっているのかと憤りすら覚えました。そうです、そのときの私には分かりませんでした。彼女の言った言葉の意味を私が理解するのは、ちょうどそれから一年後の夏のことだったのです。

 私たちはいっしょに川のなかへ入りました。

 八月でも川の水は冷たいんです。でも、とても気持ちよかった。淵の奥まったところまで二人で泳ぎました。彼女の頬で葉むらから洩れてくる光の斑点がふるえました。枝葉のないところにくると、肩先の丸みがまぶしいほどに陽射しを照り返した。彼女は笑顔を私のほうへ向けてくれました。そのたびに、私の鳩尾みぞおちが真っ白く伸びひろがっていくように感じたものです。

 なにせ山奥ですから、切り立った崖や木々に陽光がさえぎられ、四時を過ぎると陽のあたるところが限られてしまうんです。私たちは陽のさすところ陽のさすところへシートを移動させました。太陽の最後のひとしずくまでを浴びようとする、二ひきの特殊な生き物のようにです。

 五時になり、二人で川辺を離れました。彼女はびっくりするほど身軽に傾斜を登っていきました。私よりはるかにうまいものでした。あれには驚きましたね。

 女の子も自転車でした。あの当時の自転車というのはたいてい真っ黒で、鉄のかたまりみたいな感じでしたが、女の子の自転車は白い色をしていました。私はそのとき初めて、白い自転車というものを見たような気がします。

 私たちは坂道を下りました。カーブの多い道です。左側に樹木が繁り、右側は谷でした。山々が色を薄めて遠くに見えました。

 行きはのぼりでつらいのですが、帰りは楽です。ペダルなど漕がなくても自転車は飛ぶように走ります。彼女も私も笑い声を上げました。その声も風が吹き飛ばしていきます。髪の毛が彼女の目を隠したり後ろへ激しく舞ったりしました。風の音が耳もとをうなりながら過ぎていきます。彼女が笑うと顎の輪郭の美しさがきわだつように思えました。車道まで来るとまだ西陽が強く当たるんです。彼女のひたいや鼻すじ、顎先、ハンドルをにぎった私自身の前腕が黄色っぽく輝くのを目にしました。なにか記憶に焼きつくような光でした。路面に映った彼女の自転車の影が、私の自転車の前になったり後ろになったりを何度も繰り返しました。

 川の流れが車道から見えるようになりました。田畑もぽつぽつと現れだしました。神社を過ぎ、瓦屋根の民家も見えてきました。もう、ペダルも漕がなくてはなりません。

 彼女と別れるときが来たんです。

 みなさまだったら、きっと連絡先を聞かれたことでしょうね。でもそのとき、私は考えつきもしなかったんです。とにかく町が近づくにしたがい、もう別れなければならない、もう別れなければならないと、そればっかりを考えていました。

 橋を渡りました。五、六人の子どもが甲高い声を上げながら駈けてきて、土煙が上がりました。頭に手ぬぐいを巻いた男がリヤカーを引いていました。エプロン姿の老女が黒い犬をつれて散歩していました。そして、私がいつも道を曲がる麦畑のところまで来たんです。

 女の子は、「わたしはまだまっすぐなんです」と小さな声で言いました。よく覚えています。「うん」って私は彼女の白いシャツの胸ボタンを見ながら答えました。もっとほかに言いようがあったろうにと思います。はがゆいです。

 彼女は物凄く力強く見えたり、ガラス細工のように見えたり、印象が定まらないところもありました。

 じゃあ、って彼女はまた弱々しい声で言いました。うん、ってもういちど私は言って、手のひらを肩のところまで上げました。砂利道が夕陽をうけ、金箔を敷き詰めたかと思うほど照り輝いていました。その道を、半ばシルエットとなった彼女の後ろ姿が遠ざかっていきます。自転車の角度がすこし変わり、後輪のスポークが一瞬きらめいたのを覚えています。彼女はふり返りませんでした。姿が見えなくなるまで、私はサドルにまたがったまま立っていました。赤い夕空が、頭のうえ高く、どこまでもひろがっているのを感じていました。どこまでもどこまでも、赤くひろがっているように思えました。







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