第49話 再び光るランサム

 ――その時不思議な事が起こった。

 ランサムの肉体が青白い光を発し、それは瞬く間にグラウンドを包み、球場全体と共鳴したのである。

「……!? この現象は何だ? 何が起こっている!?」

 松坂は誰よりも狼狽えていた。その繊細な精神は、ランサムの悲しみが放つ光に敏感に反応したのである。

 かつて、天井が付く前の西武ドームでも同じ現象を目の当たりにしている。

 西武ドームにはサイコフレームが使われている。西武ライオンズの選手が人類として次なるステージへと革新する時、その現象は発生していた。


 やがて光が収まった時、ランサムはバッターボックスまで来ていた。シルヴィを抱きかかえていた。

 その目は何とも優しく、哀しく、慈しみに溢れていた。

 シルヴィは気を失っているが、目立った外傷は無い。

 松坂は訝しんだ。自身の速球が、不可避のボールとなり彼女に致命傷を与えた事実が過去の事象として確かに存在していた筈だった。

 バットはへし折れている。ボールは一塁方向へ転がっていた。打席から去ったシルヴィには、アウトが宣告された。

「ラ、ランサム!」

 シルヴィを抱えてベンチへ戻ろうとするランサムを、松坂は呼び止めた。

「ランサム、今の光は……」

松坂マッツ、試合はまだ続いている……言いたい事は次の打席で聞く!」

「……!」




 一番打者アキヤを迎え、松坂の心は乱れていた。

 あの時グラウンドを包んだ光――あれは人の可能性を信じるランサムの心が生み出した光。

 アキヤはバッターボックスに立ってはいるが、バットを杖にして今にも倒れそうになっている。スイングなど出来よう筈もなかった。

(あんな相手を打ち取って、俺は嬉しいのか……?)

 かつて高潔な野球集団であった西武ライオンズの一員としてプレーしていた松坂。そのプライドが揺らいでいた。

 だが勝負の世界、特に野球は過酷で非情である。戦わなければ、生き残れない。

 松坂は惑いを振り払えぬままアキヤに対し三球投げ込んだ。当然、三振を奪う。

 続く打者はマロン。アキヤ程ではないが負傷している。松坂の敵ではない。

(完全じゃない打者を打ち取ったところで……!)

 気づけば松坂は、ランサムを待ち望んでいた。

 ランサムとの本気の勝負、それはなんと心躍る事か。一切のミスも許されず、自らの持つ全力でなければ打ち取れぬ相手。

 そんな相手との正統で公平な勝負は、自身を次なるステージへと高め得る。


『松坂よ!』

「は! こ、この声は……!」

『貴様何を迷っておるか!』

「ソ、ソーン皇帝!!」

 頭の中に直接声が響いていた。

 それを聞けば自分が自分でなくなる感覚に襲われ、その体は自らの意思に関係なく動いた。

『野球とは命のやり取り、情けは無用!!』

「や、やめろ! お前は俺を苦しめる……俺が俺でなくなってしまう!!」

 松坂は抗っていた。ソーン皇帝の電波に。そして、自身の破壊衝動に。




「ストラァァァイ!! バッターアウッ!!!」

 迷いが吹っ切れた――というよりは、何かに取り憑かれたような松坂。

 マロンに対し全力の投球。容易く三振を奪った。


(松坂……)

 ランサムは、その様子をベンチから見ていた。

 ランサムは気が付いている。松坂の中には今も、気高きライオンズブルーの血が流れている事を。




 三回裏、鷹の国の攻撃。

 依然シルヴィは気を失っていた。DHを解除しモーリィが捕手につく。

 相手は下位打線。だがユーセーは投げづらそうにしていた。今日のユーセーは荒れ球、モーリィは、何度かボールを落としていた。

 二打者は打ち取ったが、9番タッカーヤにセンターオーバーの三塁打を許し、初めてのランナーを出した。

「ごめんよぅユーセー、私のリードが悪かったなぅ」

「そんな事ないよ……私が、集中してなかったから」

 苦笑いを見せたユーセー。モーリィは自らの不甲斐なさを恥じていた。

 タッカーヤには、ノーボール2ストライクから外角にスライダーを要求した。ユーセーはサインに頷いたが、相手には読まれていた。

 動けないアキヤの守るセンターへの打球――それは、完璧にタイミングを合わされた事を意味している。


 点差は僅かに一点。

 雨もまた一段と激しさを増していた現況、追いつかれたくはない。


 一番ウェバヤーシが打席に入った。左バッターである。

(変化球でタイミングをズラせば……サードにゴロを打たせられるかなぁぅ)

 リードに、自信が持てないモーリィ。

(でもその前に、内角にストレートを見せて……)

 初球、ストレートのサインを出した。ユーセーは、頷いた。

 セットポジションからユーセー、クイック気味に投げた。

 打たれたくない――その想いが強いユーセー。力んでしまった。

「!」

 モーリィの構えとは逆、外角へとボールは向かう。

(やば……)

 モーリィは必死で腕を伸ばした。ギリギリ、グローブは届いた――が、ボールは無常にもグローブを弾き、後方へと転がる。


「もらったぁ!!」

 馬の獣人である三塁ランナーのタッカーヤ、それを見るや地面を蹴りホームへと駆けた。

 モーリィは必死でボールを拾い、すぐにホームを見た。カバーには当然ユーセーが走っている。

「モーリィ!」

「……!」

 モーリィは一瞬、僅かに一瞬だが、躊躇った。

(クロスプレーになる……!)

 その逡巡を読み取ったのかタッカーヤ、さらに速度を上げた。

「生還出来れば結構……あのピッチャーが本塁ベースカバーに入ればさらに好都合! ふっ飛ばしてやろう!! フハハハハ…………はっ!?」

 だが、そのタッカーヤの真横をピタリと並走する一つの影――ランサム。

「ラ、ランサム!? 貴様!!」

「簡単には点は許さぬぞ、タッカーヤ!」

 そう、ランサムもまた同時に走り出していたのである。

「ぐっ……面白い、この俺とお前、どちらの走力が上か! 試してやろう!」

 馬の脚を持つ自分が負ける筈がない――さらにスピードを上げたタッカーヤ。

 だが。

「な、なにぃ……!!」

 ランサムは、タッカーヤよりも前に出たのである。即ち、タッカーヤのトップスピードを超える速度で走っている。

「…………!!」

 タッカーヤの自尊心は打ち砕かれた。

 そしてそれは、同時に耐え難い恥辱となって彼の心を襲った。

「お、俺が遅い……!? 俺がスロウリィ!? 馬鹿な!!」

 それは馬の獣人としての存在意義、アイデンティを完全に砕かれたと同義であった。

 完全に鍛え抜かれているとはいえ、人間の脚に自身が負けるという事。何の為の馬脚か。


 ホームベースを目前にしたタッカーヤ。だが、ランサムは既にそこで待ち構えていた。

 追い抜かされ、ゴールで待たれる――人生最大の屈辱。

 これを雪ぐには、ランサムを葬り去る他になかった。

 ランサムがモーリィからの送球を受け、立ち塞がる。タッカーヤには、タッチを掻い潜るなどという考えはなかった。

「殺す!!」

 タッカーヤは胸の前で腕をクロスさせ、そしてその馬脚で以って跳躍、高く高く飛び上がった。

 真っ直ぐ突っ込んでくると予想していたランサム、一瞬面食らった。

「かかったなアホが!! そして!!!」

 タッカーヤに、落雷――だがそれはダメージではない。稲妻の持つ膨大なエネルギーを、その体に吸収したのである。

稲妻十字本塁突入刃サンダークロスプレーカズンズアタック!!!」

 それは、鳥になれなかった鳥の様に見えた……。

 ランサムはグローブをタッカーヤに向けた。彼が決死の攻撃を試みるのなら、受けて立つのがランサムだった。


 二人の男の強烈なエネルギーの衝突――その瞬間、浮遊する大陸が大きく揺れた。

 衝撃はグラウンドを駆け抜け観客席まで達し、球場はそこかしこにヒビが入った。

 タッカーヤから放たれる電撃はランサムを容赦なく襲い、放電はグラウンド中に散った。

「アウトォォォォ!」

 やがて、審判のコールが響いた。

 タッカーヤは地面に降り、膝をついた。自身の全力のタックル。だがランサムは、平気な顔でそこに立っていた。

「く、くそ……くそおおおお!!」

「良い勝負だった、タッカーヤ!!」

 そう言葉をかけベンチへと戻っていくランサム。

 タッカーヤはその言葉を、挑発と受け取った。相手の健闘を称えるランサムの言葉を、むしろ敗者を痛めつける、非紳士的な行為と受け取ったのである。

(くそ、許さんぞランサム……必ず、必ずリベンジしてやる、松坂を使って!!)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る