第九十三話「魔法陣」

 俺は夕焼けに染まりかけた大空を見上げた。

 学校の上空の時空が歪み、そこから強大な魔力を感じる。

 視認はできない。

 だが、その魔力の帯は幾何学な魔法陣を形成していると俺は理解できた。

 何かの予兆だ。

 ひょっとしたら召喚勇者達を巻き込んだ魔法陣が形成される。

 その前段階かもしれない。


「王子……この魔力は……もしかして?」


 ドロシーは魔術師だ。この膨大な魔力を察知している


「ルーシェ様……」


 メアリーも戸惑いの色を隠さない。

 魔術が使えないメアリーでも、この異常で膨大な魔力はひしひしと感じているようだ。


「……そうなのか?」

 

 マサヤが真剣な眼差しで大空を見つめ呟く。

 何も感じてないようだが、この時代のクラスメート達が拉致されたことは話している。

 瞬時に察した様だ。

 

 時計を見る。残り時間は25分ほどか……。

 俺は知っている。

 未来に召喚されたクラスメート達のほとんどが望んでなかった未来ということを。


 何とか阻止しなければいけないな。


 また、この世界のクラスメート達を救っても、俺のいる未来は何ら変化しない。

 なにせ、この世界は微妙に俺がいる未来とは別の世界、パラレルワールドだからだ。

 その証拠に、俺自身の過去には存在しなかった妹がいる。

 いつも孤独だった白鳥渚に如月澪という親友までできていた。

 

 そして――何よりも俺自身の役割がマサヤになっている。

 しかもそのマサヤはブサメンではなく、イケメンだ。

 ここまでの人生も俺とはまったく正反対な人生を歩んできてるようだ。


 似て非なる別の世界だ。

 

 あの日、あの時、見た夢もうっすらと思い出していた。

 全ての文明の産物が砂となった。

 家族がゴブリンに襲われていた。

 夢の中の世界は世界そのものが変容したのだ。

 そんな印象を受けていた。

 まるで幻想世界が現実世界と重なり合うように……。


 まぁ夢だけどな。

 あの夢でのマサヤは俺自身の過去同様、ヒキニートだった。

 少なくとも白鳥渚と結婚して娘を授かってるとは思えなかった。

 だから敢えてだ。敢えて話さなかった。

 

 未来。

 そうだな…………

 変わるといいな。

 マサヤの未来も、俺の未来も。


「メアリー、ドロシー、僕につかまって! 走ってたんじゃ時間がない。空を飛ぶよ」


 少しだけ地面から離れた。

 メアリーとドロシーが俺の身体に絡みつくように腕を回した。

 

「ルーシェ様、これからどうするのですか?」

「決まってるだろメアリー、召喚勇者を拉致した魔法陣を粉砕するんだよ」

「さすが王子です! この世界の人攫いだけでも阻止しましょう!」

「だよなっ!」


 空中に浮きはじめた俺にマサヤもしがみついてきた。


「おいおい、俺を置いていくつもりかい? 俺には何もわからないが、お前達が何かしようとしてるなら見届けたい。俺もいくぜ!」


 微妙な気分だ。俺はにへらと笑み浮かべた。


「い、いくの?」

「ああ、ダメか?」

「ダメじゃないけど、何が起きるかわからない」

「そうですよマサヤさん、マサヤさんはここに残ってください!」


 メアリーが強く諌めるが、マサヤは断固として俺を離さなかった。

 あれこれ話してる間にも時間が刻まれ俺達がいられる時間が消費される。

 しょうがない。

 連れていくか。


 ふわりと浮き、民家の屋根ぐらいの高さまで上昇した。


「す、すげー! すげーなぁ。ってか……三人も持ち上げて重くないのか?」

「魔術を使ってるから重くはないよ」

「へぇ~そうなのか。魔術ってパネェな。まるでパーマンみてぇだな」


 学校に向ってると、ちらほら下校中の生徒達を見かける。

 その中には桐野悠樹や一条春瑠の姿もあった。

 部活を終えて下校中なのだろう。

 姫野茶々子の姿も見かけた。

 あいつら仲いいんだな。


 幸いなことに飛んでる俺達に気づいた様子はない。


 ――――無いのだが。


 下校中の生徒達と違って学校の方角へと走る二人がいた。

 マサヤも気がついたようだ。

 如月澪と白鳥渚だ。

 なんかイヤな予感がするなぁ。

 如月澪って何かと敏感だ。

 オカルトじゃないが、何かを感じて学校へと向かってるのかもしれない。

 

 俺達は学校の屋上へと着地する。

 視認できないが、時空の歪みを肌身で確かに感じた。

 魔力の流れを逆探知していく。

 その時空の先に何者かの存在を感じる。

 その存在もろとも粉砕してくれる。


 試しに上空に火球を撃ち込んでみた。

 火球は吸い込まれるように消滅した。

 この時空の歪みは未来と繋がっているようだ。

 面白いな。特大級の火球を放り込んでみるか。

 時空の先にいる何者かを攻撃できそうな気がするぞ。

 時空の歪みの先から何者かが魔力を送り込んで来てることを全員に伝えた。 

 

「ちょっと皆、少し離れてて、この時空の歪みに特大の火球をぶち込んでみるから」


 メアリーとドロシーが距離をとる。

 マサヤは固唾を飲むかのように窺っている。


 俺は両手を上空に向け、頭上に紅蓮の炎を纏う巨大な火球を出現させる。


「まるで、夕陽が二つあるみたいだな……」


 マヤサがボソッと呟く。

 さて、どうなることやら……。

 上手く行けばいいのだが。


「王子、その火球を撃ち込んだらどうなるんですか?」

「うーん……僕にもわからないや……でも、吸い込まれるから周辺に被害はでないと思うよ?」

「ルーシェ様、それってその先の誰かを丸焦げにしちゃわないですか?」

「かも知れないけど、それって悪い奴だよね? ひょっとしたらシメオン司祭とかいたりして……」


 メアリーもドロシーも複雑な笑みを見せた。


「でも他に何かいい方法あると思う?」


 二人とも考え込むがこれといった妙案もないようだ。

 

「なら、やちゃうよ?」

「そ、そうですよね……ルーシェ様、紛らわしいこと言ちゃってごめんなさい」

「王子、考えてもしょうがないです。ゴーですよ、ゴー!」


 巨大な火球を解き放った。

 熱風を巻き上げながら時空の歪みに吸い込まれていった。


 いまいち手ごたえがない。

 相手まで届いてるのだろうか。

 向こうから送られてくる魔力が一瞬、途絶えた気はするが。


「どうですか、ルーシェ様?」

「うーん……今度は二発同時に超特大サイズをぶちこんでみるよ」

「ファイトなのです王子!」


 あまり時間もない。

 今度は超特大で、高熱の火球を撃ち込む。

 俺の頭上にある火球が青白く変色していく。

 マサヤを含め全員が火球を見上げた。


「おーし! 今度はさっきの数倍も威力があるぞ! いっけぇぇぇ!」


 凄まじい熱量の火球が解き放たれた。

 その瞬間、後ろから人の気配がした。


「渚っ!」


 そう叫んだのはマサヤだ。

 軽く振り向く。

 そこには白鳥渚と如月澪がいた。


「あなた達って……一体……」そう如月澪が呟いたその刹那――――


 時空の歪みが視認できるほど渦を巻いた。


「きゃっ!」

「な、なにが起こったんだルーシェリア!」


 渚の悲鳴に答えろと言わんばかりにマサヤが叫ぶ!

 

 まるでブラックホールだ。

 凄まじい引力で時空の歪みに吸い込まれそうだ。

 危機を察知したメアリーとドロシーが俺の元へと駆け寄って来た。


 全員の足が宙に浮きはじめる。

 メアリーとドロシーは俺にしがみつく。


 俺も風の魔力で抗ってみるが、思うようにいかない。

 こりゃまずい! 吸い込まれる!

 吸い込まれるぞ!


 マヤサの叫びに答える余裕など無い。

 俺は全力で魔力を解放し、風魔術で対抗する。

 が、マサヤと渚と澪が真っ先に吸い込まれそうだ。


 俺達だけなら一気に加速して離脱できそうだが、そうはいかない。

 

「メアリー、ドロシーすまない……」

「わかってます、ルーシェ様! マサヤさん……そして、あの者達だけでも救うのですね!」

「ああ、俺達は吸い込まれるかもしれないが、覚悟してくれ!」

「はいなのです! 王子っ!」


 幸いなことに白鳥渚も如月澪もマサヤの近くだ。

 俺は宙に浮いているマサヤ達を風魔術で包み込み、校舎の外へと吹っ飛ばす。

 怪我はさせない。

 着地点はそーっとだ。そーっと。

 

 俺の考えを見抜いたマサヤが叫ぶ。


「ルーシェリアァァァァ!」

「マサヤ、心配しなくていい。未来で会おう! 渚を大切にしろよー!」


 マヤサ達が無事に校庭に着地したのを確認した。

 今度は俺達の番だ!


 だが、間に合わない。

 悔しいが再度、魔力を練り直すには時間が足りない。


 俺達は時空の歪みに吸い込まれた。

 



 ◆◆◆




「マサヤくん……」

「渚、澪、お前達、怪我はないか?」

「うん、だいじょうぶ、マサヤくんは?」

「俺も大丈夫だ、渚。ルーシェリアに救われた」

「ルーシェリア……それがあの子の名……なの?」

「ああ、凄い奴だよ」


 渚がマサヤの袖を掴む。

 如月澪は空中にあった歪みを見つめ小さく呟いた。


「もう大丈夫みたいだけど、彼らは一体……何者だったの?」


 如月澪はマサヤにそう尋ねた。

 そして一言。


「あいつは自慢の俺さ……」


 如月澪はマサヤの返事に納得したように頷くのであった。

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