第七章

第四十九話「超級の魔術師」

 我が家にドロシーを迎えてから数日が経過した。

 ドロシーの部屋は廊下を挟んで向い側。

 気持よくメアリーが用意してくれた。

 ドロシーの新生活も応援したいところだ。


 そして俺は今、魔術ギルドに一人で出向いてきている。

 師匠ことブリジット・アーリマンが出迎えてくれた。

 今まで培ってきた魔術の検証も兼ねて、出来る限りの魔術を披露してみた。

 魔術の基本はイメージ力だとビディは言う。


 元々ある、この身体の魔術の才能に、前世の俺の中二的なイメージが上手くシンクロすれば、大概の魔術は顕在化けんざいかされる。


 まずイメージ。

 意識を集中し、炎のイメージを脳裏に思い描く。

 この時点で魔術の属性が決まる。

 次に指先に火球を出現させる。

 それをそのまま撃ち放てば、完成された火球ファイヤーボールが撃ち放たれる。


 ところが俺の場合は更に、定量の限界を超えた魔力の供給ができてしまう。

 魔力を注げば注ぐほど火球は成長し、際限なくサイズがでかくなる。

 つまり、初級の火球ですら俺が操ると王級の威力になってしまう。


 氷の魔術にしてもそうだ。

 脳裏に氷をイメージし、空気中の水分を凝集させることを無意識でやってのけていた。


 本来は自然の摂理を理解した上でイメージを増幅させ、呪文で印を結び自然の力に介入する。

 その介入する力こそが魔力。

 魔術はそんな風に段階を踏んでこそ発動される訳である。


 とりあえず俺は自分の出来ることと出来ないことを区別し、知る必要がある。

 たとえば、宇宙から隕石を集め、大地に降らすなんて芸当は、どんなにイメージを膨らませても出来なかった。


 その様な伝説級の魔術もあるにはあるらしいのだが、神話の中の神々の成せる技。

 奇跡の領域。

 神級アークの称号を持つ魔術師は未だ存在していない。


 俺がもっとも得意とするのは基本の四大元素の魔術。

 その点に関しては申し分がなかった。

 王国を包み込む豪雪を降らせることもできれば、物体を一瞬で凝結させることもできる。

 空中に氷の槍を数百本出現させ、撃ち放つなんてことはお安い御用だった。


 他にも郷田との戦いで使った土属性の魔術。

 岩砲弾を形成し光速で飛ばす。

 その破壊力は鍛えられた鋼すらも、たやすく貫く。


 そして、空を飛ぶにも便利な風魔法。

 俺は自由自在に空を飛び回れる。

 が、それは無限の魔力があったればこそのようだ。

 魔力が無限だからこそ、ずっと空に浮いていられる。

 無限だからこそ、精神的な疲れも感じない。

 それは誰にも真似できない芸当らしい。


 勿論、風魔法は空を飛ぶだけではない。

 真空の刃で対象の物体を切り裂くこともできれば、身に飛んでくる弓矢なども払いのけられる。

 範囲を広げれば巨大な風バリアまでもが形成できるのだ。

 威力の面では、つむじ風を成長させ竜巻を発生させることもできた。


 混合魔術に到っては、雷雲を呼び込み、広範囲に稲妻を落とすことも軽々と遠慮なく披露して見せた。


 そんな俺にビディが言った。

 俺の魔術の技量は古の賢者を遥かに凌いでいると。

 無論、神の領域には遠く及ばないが、既に魔術の称号的には王級を凌ぎ、聖級、帝級すら超越してると。


 魔法都市エンディミオンで、魔術階級の認定試験を受ければ、8歳にして史上初の帝級を超えた魔術師が誕生することになるだろうと。


 俺にとって、さして重要なことでもなかったのだが、ビディが認定書を発行してくれるようだ。


 認定書に称号を書きこむところでビディは溜息をつく。

 帝級を遥かに超えるが神級には遠く及ばない。

 その中間を指す適切なものがない。


「ルーシェちゃん、何か良いネーミング。あったら遠慮なく言ってくれてもいいのよ?」


 魔術師ギルドの室内の机上で、ビディが羽ペンを握りながら、考え込んでいる。


「僕は今のままでも構わないですよ」

「ダメダメ。そんなこ言ってもらったら私が困るのよ。考えても御覧なさい? 弟子のルーシェちゃんの称号が上がれば私の地位も更に盤石なものになるのよ」


 あ、そっちか?

 そんなもんなのかな?


 ウルベルトに誕生日に貰った懐中時計をチラッと見る。

 もう彼此30分以上、ビディは考え込んでいる。

 歴史的な快挙でもあるようなので、ことのほか真剣そうだ。


 しかし……暇だ……。

 なので、適当に思いついたのを提案してみた。


「超級って呼び名はどうですか?」

「……えっ!? それってなにかな?」

「えっと……帝級まで超えちゃったって意味で思いついたんです……」

「ふ~ん、超級ねぇ……案外いいかもしれないわね」


 ……っていいの? 割と軽い?

 ビディはさらさらと魔術師の技量を示す称号を書きこむ空欄に、『超級』と書きこんだ。

 その場の思いつきで浮かんだ称号なんて書きこんで、認められるものなんだろうか?


「はい、ルーシェちゃん」


 ビディは認定書を封蝋すると、俺に手渡して来た。


「後はこれをエンディミオンの事務局まで届けてくれないかな?」

「えっ!? 僕がですか?」

「それぐらい頼まれてくれてもいいんじゃない? ルーシェちゃんのお願いも一つ聞いてあげたんだし。空を飛んでいけば、あっという間でしょ!」


 そう、俺はあることをビディにお願いした。

 ドロシーはエンディミオンアカデミーの現役の学生である。

 長期の休学は自主退学を余儀なくされる。


 なので、特例で卒業証書の発行を依頼したのだ。

 本当は4年間は在籍しないと貰えない。

 だが、卒業さえしてしまえば、ドロシーは学院に留まる必要もなくなる。

 卒業生は学園で自由研究ができる特権も得る。

 卒業したからと言って、魔術の勉強ができなくなる話ではないのだ。


 ドロシーが目指しているのは、俺とは違う魔術の系統。

 俺は攻撃系が得意だが、彼女は付与魔術を勉強中。

 入学してから一年で、既に付与魔術の初級認定試験は合格済み。


 付与魔術とは一般的にはエンチャンターと言われる系統の魔術である。

 物体に魔力を付与することで、魔道具などを生み出す術に長けた魔術師を指す。

 その他にも武具などに一時的な魔力を帯びさせたり、魔導兵器の作成や、ゴーレムを生み出すことも可能である。

 平たく言えば、マジックアイテム職人と言う事になる。


 この件は、ドロシーの希望は元より、メアリーやウルベルトとも、じっくり話し合い結論をだした。

 こんな無茶が通るのも、師匠がたまたまエンディミオンアカデミーの学長で、魔術師ギルドの長だからだ。


 それにどの道、魔道具の作成には多大な費用と、魔力が必要になる。

 このまま学園に留まっていても、上級スクロールの作成までの授業が関の山だ。

 魔法都市エンディミオンでは、それほど付与魔術の研究には力を入れていない。


 それならば、我が家の地下にドロシー専用の研究室を作ろうと言う話の流れになった。

 俺の最大のポテンシャルは比類なき無限の魔力。

 俺ならば、いくらでもドロシーの研究のために魔力を提供できる。

 その方がドロシーの付与魔術の研究もはかどることだろう。


 という運びで現在に至っている。


「だからって己の力を過信したらダメよ?」


 物思いに耽ってた。

 気がつくと、ビディが俺を真っすぐ見ていた。


「でね。ルーシェちゃん。この世界の魔術の頂点を極めた気になったらダメよ? ルーシェちゃんの魔術の技量は確かに凄いけど、それはあくまでも四大元素の魔術に限っての話。油断して足元をすくわれないようにね」


 そう……俺の師匠は四大元素の魔術の他に、闇属性の魔術を操る。

 最近知ったのだ。

 闇の種族は闇属性の魔術のエキスパートでもあると。


 きっと凄い魔術を隠し持ってるんだろうな。

 俺にそう思わせる何かを彼女は漂わせていた。




 ◇◇◇




 我が家に辿り着いた頃には日は沈んでいた。

 魔術師ギルドは、飛べば数分なので、今回は一人で向かったのだ。

 わざわざ皆が同行することもない。


 館に戻るとウルベルトから先日のシメオン毒殺の追跡の件の報告を受けた。


 厨房から牢獄までの食事を運ぶルート。

 食事を作った者から、獄まで運んだ者。

 牢獄への入出名簿。

 それらのものを徹底的に洗ったらしい。


 しかし、残念な事ながら、これと言った成果は何もなかった。

 ウルベルトの事だ。

 あんまり無茶をしていなければいいのだが。

 夕飯を囲っていると、ウルベルトが提案してきた。


「坊ちゃん、私の部下に優秀で信頼できる者がいますゆえ、館の警護に当たらせます。了承して頂けると助かります」


 何かを危惧してるのだろう。

 用心に越したことは無い。


 俺はともかく、メアリーとドロシーの身の安全が向上する。

 ウルベルトの提案を快く受け入れることにした。


 明日から館の警護に2名来ることになった。

 で、明日はドロシーと二人で、魔法都市エンディミオンへ向かうことを皆に伝える。

 日帰りだ。

 早朝出れば昼前には到着するだろう。

 空を飛べば、それぐらいの距離のようだ。

 手紙の配達とドロシーの卒業証書を取りに行くのが主目的だが。


 それとは別に、俺自身も期待していることがある。

 3歳から7歳まで、4年間も通ってた学院だ。


 行けば何かしらの記憶が蘇るかもしれない。

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